小江戸川越で充電

高野登さんの「小江戸川越ホスピタリティ塾」に参加してきました。(正確には9月13日ですが)

高野さんのセミナーは、何度聴いてもその度に新しい気づきと学びを戴ける、まるで宝石のような時間です。こんなに素晴らしい師匠に出会えたことに感謝の気持ちで一杯です。

川越胃腸病院の望月院長も参加なさっていて、ご挨拶することができました。永年の夢が叶い夢見心地でした。

 

セミナーが始まる前に、小江戸川越を小旅行してきました。風流な街並みに感動しました。朝ドラで観ていた「時の鐘」の音も聴けて大満足。

 

樹木希林さんを悼む 

女優・樹木希林さんの訃報を報道で知りました。

ショックです。心よりご冥福をお祈り申し上げます。また、ご病気を抱えながら、最期まで自分らしい生き方を貫かれたことに深く敬意を表します。

つい先日、ゼミ合宿で扱われたケーススタディに「誘拐犯との交渉」があり交渉術を学んだのですが、ケースを読みながら希林さんが出演なさっている映画の事を思い出していました。ゼミ仲間にも観るようにおススメしまくった映画です。(帰省中に思わず2回観返しました。)

映画「大誘拐」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%AA%98%E6%8B%90

樹木希林さんはこの映画の中で、誘拐された大資産家の老婦人の元・女中頭の「くうちゃん」として、とても重要な役柄を演じておられます。

 

 

 

 

 

「大誘拐」は、私にとって邦画ナンバーワンの映画です。その主人公である北林谷栄さん、緒形拳さん、そして希林さんまで天に召され、何とも表現しようのないくらい喪失感で一杯です。

改めてご冥福を祈るとともに、素晴らしい作品の数々を遺してくださったことに心より感謝を申し上げたいと思います。 合掌

久しぶりの帰省とゼミ合宿

このたびの台風21号ならびに北海道胆振東部地震により、亡くなれた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆様に謹んでお見舞いを申し上げます。

 

 

さて。久しぶりに帰省してきました。家族や会社の皆の元気な顔を見れて嬉しかった。

沖縄のソウルフードを堪能し、お腹も心も満たされました。母の誕生日を家族みんなで祝うことが出来たのも良かったです。

 「やまや」のソーキそば。

 「大城そば」のそば(中)。

 「玉家Jr.」の味噌汁。

 

 

 

食べ物の写真ばっかり。

 

 

 両親も元気でひと安心。

 

また、9月の初めには私が所属する相葉ゼミの夏季合宿に参加してきました。

早稲田大学には、軽井沢・松代・菅平・伊豆川奈・鴨川・本庄と、6つものセミナーハウスがあるのです。今回は軽井沢のセミナーハウスに行ってきました。敷地のなんと広いことよ。

軽井沢の林の中の道を抜けて。

敷地内の植栽管理も完璧。

セミナーハウスの玄関。

建物も洒落ていて綺麗。

野球場やテニスコートも完備。

近所の蕎麦屋さんで手打ち体験。

夜はモノポリー三昧。

 

さて、WBSの前期の成績発表もありました。無事に17科目34単位を取れていました。本当にホッとしました。修了の所定単位数は50単位、必修科目もまだまだあるので気が抜けません。

何と言っても「修士論文」という大仕事が控えています。後期も引き続き、気合を入れて頑張ります。

 

 

「80歳の悪遊び」がいよいよキックオフ!

去る2月22日付けのブログで、父の親友・ヨシさんの話を書きました。

「80歳になった記念に、日本橋を出発して沖縄まで歩いて縦断する」という、とてつもない計画の話です。(「80歳の悪遊び」)

本日、ヨシさんは本当に日本橋から沖縄に向かって1人、出発しました!

ご友人が創ってくれたというのぼりには「80歳の悪遊び 江戸から琉球への謝恩使の逆歩き」と書かれています。これは、昔、琉球から江戸へ上っていた逆バージョンのこと。

日本橋、朝8時。30人余りが集まり、皆でヨシさんの出発を祝いました。(でも、集まった老若男女は全員、お互いは『初めまして』の知らない方ばかり。ヨシさんがどれだけ幅広いネットワークをお持ちか判ります)

皆がヨシさんの写真を撮りまくり、まるでアイドル並みの人気ぶり!沖縄の新聞取材も入ったので、記事が楽しみです。

永遠の少年・ヨシさん。そのパワーにはいつも勇気を貰っています。

ヨシさんは九州から奄美・徳之島を経由して沖縄本島入りし、最終ゴールの名護には11月の末に到着する予定とのこと。

今日の東京の暑さもハンパなく、夕方にはゲリラ雷雨。週明けには台風21号の接近も心配。私なんか、駅から大学に歩くだけでも汗ダラダラでへたれてしまうのに。。。

ヨシさん、どうかお身体と安全にくれぐれも気を付けて、道中を楽しんでくださいね。名護ではうちのファミリーがヨシさんの到着を楽しみに待っています!

 

 

おしぼりのFSX社を見学する

WBSの学友達と共に、FSX株式会社様の本社&工場見学に行ってきました。「そうだ、MBAを取ろう!」と急に思い立ったのが、ちょうど昨年の今日でしたので、マイ記念日でもあり、感慨深い1日となりました。

FSX(旧社名:藤波タオルサービス)の藤波社長はファミリー・ビジネス・ネットワーク・ジャパンを通して繋がった10年来の友人です。

実はWBSの夏クォーターに履修した「ケース・メソッド論」の授業で、同社を題材にケースを書かせて頂きました。(藤波社長、FSX社の皆さま、その節は大変お世話になりました。ありがとうございました!)

私が書いたそのケースを使って、実際に授業の中でケース・リードを行ったのですが、ディスカッションに参加してくれた学友達が「ぜひ、おしぼり工場を見学したい!」と盛り上がり、藤波社長と社員の皆さまの温かいご理解を得て、お邪魔させて頂いた次第。

国立市のFSX株式会社様に到着し、まずはカンファレンスルームにご案内頂いたのですが、ウェルカムボードまでご用意いただいており一同感激!

お忙しい中、藤波社長には事業内容のプレゼンをして頂き、ディスカッションまでお付き合い戴きました。(予定時間をかなりオーバーしてしまいました)

FSX株式会社はレンタルおしぼり業として先代社長が創業した会社ですが、二代目の藤波社長によりおしぼりに付加価値を付けた商品開発や、FC事業など多角化を図っており、飲食業以外の業界でも幅広く支持されています。

↑同社の製品で私が特にお気に入りなのがポケットおしぼり(使い切りの紙おしぼり)のアロマシリーズ。上質の不織布を使い、芳醇なアロマが香るこのおしぼりは、使い捨てるのがもったいないくらいのスグレモノです。

↑布おしぼりのクオリティも、顧客のニーズに応えて様々な用意をなさっています。上の画像は、銀座の超高級料亭(某首相と某大統領が会食した)で使用されているもの。スペシャル感がハンパなくてボックスを開ける時は本当にワクワクしました。

特筆すべきは、同社が産学連携で開発し特許を取得した「VB(ウィルス・ブロック)」が、全ての製品に使用されていることです。「VB」は、ポリ酸の水溶液で高い抗ウィルス・抗菌・防臭機能と安全性を兼ね備えています。これをおしぼりに使用することで、手指衛生が手軽に行えるのです。同社の「VB」を使用したおしぼりは、伊勢志摩サミットのプレスセンターでも提供されたとのこと。

 

↑さらに驚くことには、FSX社は「おしぼりを急加温・急冷できる冷温庫・『REION』」まで自社で開発してしまいました。

同社が特許を取得した「エア・サーキュレーション・テクノロジー」が搭載されており、従来の冷温庫では実現できなかったシンプルさと高性能、省電力性、そしてゲストの目につく場所に置いても違和感のないスタイリッシュさを備えています。

これまで、おしぼりの冷温庫はゲストの目に付かない場所に置かれるのが常でした。しかし、この「REION」は都内の高級ホテル・レストランやカーディーラー、病院、美容関連施設のほか、超有名IT企業やコンビニとフィットネスが融合した施設にも、おしぼりと共に採用されているのです。スゴイ!海外においてもシンガポールのマリーナ・ベイ・サンズの高級料理店でも採用されています。

藤波社長がディスカッションの中で「情熱」という言葉を何度も口にしておられました。経営に関しても戦略に関しても、最後は経営者の情熱と覚悟なのだと、お話しを伺いながら改めて思いました。

従業員に誇りをもって働いてもらえる環境づくりなど、本当に勉強になりました。藤波社長と社員の皆さまに心から感謝を申し上げます。ありがとうございました!

※FSX株式会社をもっと知りたい!という貴方は是非こちらから!http://www.fsx.co.jp/

 

早稲田松竹で映画を観る

高田馬場の住まいの近くに、ずっと気になっていた映画館があります。

「早稲田松竹」は、今では数少ない名画座映画館。ロードショーの終了した映画や過去の名作を厳選し、二本立てで上映しています。

1枚のチケットで、映画を2本観れるのです。それも入れ替え無し。さらにチケットと外出証はその日1日有効という優れモノ。午前中に1本観てから外出し、夕方に戻ってもう1本を観るという事も可能なわけです。おまけに安い!一般料金1,300円、私は学割が使えるので(自慢)なんと1,100円!これ映画を2本を観られるとは何とお得なのでしょうか。

2本の映画の選定にも、映画館なりのテーマを設けているのが興味深いところです。今週は「現代アメリカと巨匠たち」としてスピルバーグ監督の「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」とイーストウッド監督の「15時17分、パリ行き」の豪華2作品。どちらも実話をもとにした見応えのあるものです。

早稲田松竹は小さな映画館で、普段通りかかる時には、あまり流行っているようには見えなかったのですが、とんだ誤解でした。到着したらチケット売り場は既に長蛇の列。立見がでるほどの盛況ぶりでした。入れ替え制ではないため、ドアの外では席が空くのを待つ人も大勢並んでいました。上映する映画にもよるのかも知れませんが、観客の年齢層も高く、長年のリピーター顧客が非常に多い印象。

館内は清潔でシートの座り心地も最高です。館内販売の飲食物は飲み物の自販機しかないため、「食べ物はご自由にお持ち込みください」とのこと。昔の映画館を思い出し懐かしくなりました。

映画館で映画を観るのは本当に久しぶりで、すごく贅沢な気分になりました。これからも時間が許す限り、ちょいちょい足を運ぼうと思います。

早稲田松竹 http://www.wasedashochiku.co.jp/aboutws/aboutws.html

 

北大東島編

北大東島を初めて訪ねたのが2008年でしたので、実に10年ぶりの再訪となります。

10年前の初訪問はちょうどクリスマスの前で、リッツ・カールトン・ホテル元日本支社長の高野さんが、これまで生のクラシック演奏を聴いたことが無い島の子供達へ、演奏家を連れて三重奏のプレゼントをしたツアーに同行したのでした。

沖縄最東端の北大東島では、10年前と全くお変わりないエネルギッシュな宮城村長が出迎えてくださり、役場の皆さまと共に翌日までずっと視察団をアテンドしてくださいました。

パネルディスカッションでは、「島の生き字引」と地元の人々から尊敬を集めている方や水産組合長、村の観光産業のキーパーソン、教育長、さとうきび生産組合長にご参加を頂き、貴重な意見交換の時間を共有しました。

北大東島の開拓は、明治36年に始まりました。(明治33年に八丈島出身の玉置半右衛門氏が南大東島への上陸を果たした3年後)

その時には現在の役場前にサトウキビを8株植え付けをしたそうです。実際に本格的な開拓が進められたのは南大東島上陸から10年後くらいのブランクがあるとされています。北大東島の開拓が遅れた理由は、当時南大東島の方に想定外の労力を取られた為、北大東島の所有権を担保する目的で、僅かでも開墾してサトウキビを植えたと言われているそうです。

 

開拓者の玉置氏は、北大東島で燐鉱採掘事業を明治43年に開始します。島で採れた燐鉱石は主に化学肥料の原料となり、島は活況を呈しました。戦後の1950年(昭和25年)まで続いた燐鉱石採掘が中止された後、施設の大半は時の経過とともに滅失したり損壊を受けて廃墟になりましたが、平成19年には遺構の一部が経産省の「近代化産業遺産」として認定され、平成28年には文化庁により国指定史跡に認定されました。そして、今年(平成30年)6月には、北大東島の燐鉱山由来の文化的景観が、沖縄県初の重要文化的景観であると答申されています。

私が多くの方々にぜひとも訪れて欲しい場所が、この燐鉱石貯蔵庫跡(国指定史跡)です。島独特の鋭いサンゴ礁の上に佇む史跡は、厳かというしかありません。荒々しい海に直結する船揚げ場からは、当時の土木技術の高さが感じられます。現在の島の人口は276世帯の573人ですが、最盛期の島の人口は2690人に及んだそうです。

島の産業は、燐鉱採掘が中止されて以来、糖業が主要産業となっています。サトウキビ栽培の安定化のため、圃場、灌漑、ため池など農業基盤の整備では県内トップクラスの進捗を進めています。また、輪作作物として取り組んでいるジャガイモ、カボチャもその品質が高い評価を得ています。ジャガイモは加工品としても活用され、ジャガイモ焼酎「ぽてちゅう」は、思わずグイグイ呑み進めてしまう美味しさ。また、カボチャは銀座のデパ地下で1個4000円で販売される程の品質の高さを誇るとのこと。

また、月桃を活かした石鹸やハーブティも島の特産品として大人気です。(特に月桃のハーブティは、お酒好きで肝臓が疲れている方にはおススメです。個人的感想ですが)

陸上養殖施設も見学しました。閉鎖型陸上養殖を行い、透明度の高い海水を直接利用してアワビ2万匹、ヒラメ3千匹を養殖しており、平成29年度からは県内大手スーパーへの出荷も始まっています。

北大東島のサトウキビ畑も素晴らしかったです。南大東島でも視察しましたが、水の少ない島ならではの「点滴灌漑」という方法で、貴重な水を最大限に有効活用しています。

視察団の委員の方で、ザ・ブームの島唄の歌詞に出てくる「ウージの森」の意味を初めて、サトウキビ畑の事と知って感動していた方がいました。

島のサトウキビの生育の良さは、既に森を通り越して「ジャングル」と言ってもよいくらいの迫力がありました。

現在の北大東島には、遊休耕作地はゼロとのこと。小さな島の土地をフル活用しているからこそ、「単収アップが大事」と島の皆さまが口々に仰る言葉が切実に響きました。

南北大東島と言えば、名物と呼ばれる光景に「空飛ぶ漁船」「ゴンドラに載って上陸する人間」があります。

両島ともに港は太平洋むき出しの岸壁でうねりが高いため、貨物や旅客を載せた定期船は、直接接岸できず、岸壁から10mほど離して係留します。そのため、貨物や旅客の乗下船はゴンドラをクレーンで吊り上げて行われます。このゴンドラ体験をするために島を訪れる観光客も多いとのこと。

今回、台風13号が発生していたため、ゴンドラ体験は中止となる予定でしたが、パネルディスカッションのパネリスト知花さんのご配慮で体験することが出来ました。

自分自身がゴンドラに載る体験は、まるでドローンの空撮を生で体験しているようでワクワクしましたが、同時に「島チャビ」という沖縄の言葉を思い出さずにはいられませんでした。島チャビとは「離島苦」のことです。

南北大東島ともに、漁港の整備が進んでいるとはいえ、定期船が接岸できる港はいまだにありません。だから今でも貨物や船で来島した旅客はクレーンで上陸するしかありません。台風の時はもちろんですが、接近する前から定期船が運休になることはしばしばありますし、台風でなくとも悪天候の時には接岸できません。

それは、島の人々に必要な生活物資の陸揚げが出来ないということです。同時に、島の生産物を外へ出荷できないということでもあります。私が普段、当たり前のように受けているロジスティクスの恩恵は、この島では波の高さでいとも簡単に、数日間止められてしまうのです。

それゆえ、私は南大東島でも北大東島でも、島の人々の「しなやかさと逞しさ」に圧倒されました。自然の脅威を受け入れながらも、人間の知恵を最大限に活用して被害を最小限に抑える、その不断の努力と底知れぬパワーに。

私の不勉強でしかないのですが、これまで沖縄本島でもサトウキビが台風のたびに横倒しになる光景を見て、そのまま全部ダメになってしまうのだと思っていました。このたび確認したところ、「ダメージの状態によっては横倒しのままにしておく。無理に起こしてしまうと根が出てしまうから。そのままにしておけば、横になった状態のサトウキビはそこからまた上に向かって育ってくる。だから、台風で横倒しになった年の収穫は『くの字』のサトウキビを収穫するんだよー」との事。

サトウキビも島の人々も本当にしなやかで逞しい。

生きる知恵のヒントと元気を貰った視察の旅でした。

大東諸島への旅(南大東島編)

8月8日・9日の1泊2日の弾丸日程で、「内閣府・ふるさとづくり実践活動チーム」の活動に参加するため、南北大東島へ行ってきました。

この実践活動チームは、担当の首相補佐官と共にさまざまな地域を訪問し、地域の方々との交流を通じて地域モデルを共有、発信するなど全国各地域でのふるさとづくり活動への波及を目的とするものです。

南北大東島は、沖縄県人でも一度も行ったことがない人が圧倒的多数な遠くの島々。

沖縄本島の東方約360㎞の太平洋上に位置し、両島は南北に8㎞で相対しています。大東諸島は他の大陸と一度も陸続きになったことがなく、地質学的にも沖縄本島とは異なっています。約4800万年前、現在のニューギニア諸島付近で火山島として誕生した大東諸島は、長い時間をかけて現在の海域に到達しました。

島を取り囲む険しい岸壁が上陸者を拒み続けたため長い間無人島でした。入植がはじまったのは、20世紀の明治時代に入ってからで、開拓者は遠く離れた八丈島の方々でした。開拓の歴史的背景から、南北大東島は「八丈島と沖縄のチャンブルー文化」が生活に根付いており、沖縄本島や他の離島とは随分趣が異なります。

羽田から那覇空港へ、そして琉球エアーコミューターで乗り継ぎ、約1時間のフライトで南大東島へ。仲田村長をはじめ村役場の皆様が懇切丁寧に案内をしてくださいました。南大東島は基幹産業のサトウキビ畑が広がる美しい島です。以前はシュガートレインも走っていたとのこと。

海抜63mの「日の丸展望台」からは、幕林に囲まれた珊瑚丘陵地帯の島を一望できます。

南大東島で楽しみにしていた訪問先に、島の代表的な特産品のラム酒「コルコル」を製造しているグレイス・ラム社の工場がありました。工場は旧空港のターミナルビルを改修して使用しており、なんと「旧・南西航空」の看板などがそのまま残っていて驚きました。「コルコル」はロックで飲むのもよし、カクテルにするのもよしという非常に美味しいお酒です。最近では海外からの引き合いが増えているとのこと。

ランチには「大東そば」と「大東寿司(みりん醤油に漬け込んだサワラやマグロの漬け寿司)を戴きました。

島の名所で驚いたのは「星野洞」でした。島には100を超える鍾乳洞があるとのこと。その中で特に大きく美しいと言われているのが星野洞。その圧巻の光景に視察団一同息をのみました。

 

また、カルチャーショックだったのは、ふるさと文化センター前に設置されている記念碑でした。「土地所有権認定記念碑」と並び、第三代琉球列島高等弁務官ポール・W・キャラウェイ中将の銅像が建立されていました。これは、キャラウェイ弁務官が、島民の悲願であった土地所有権の認定に大きく貢献したことを讃えたもの。「キャラウェイさんは島民からしたら神様みたいな存在」と説明を受け、戦後の米軍施政権下で「高等弁務官」といえば、酷い人たちだったという話ばかりを聞かされて育った身としては驚きでした。つくづく、歴史は人から教えられたり書物やメディアのいう事を鵜呑みにしていてはいけない、多方面から自分で検証しなければならないと実感しました。

パネルディスカッションでは介護や予防など高齢者の健康・保健事業に携わる職員さんやラム酒工場の工場長、観光協会の事務局長、農業青年クラブの会長など島のふるさとづくりに熱心に取り組んでおられる方々と意見を交換しました。

パネリストの皆さまのみならず、オーディエンスの皆さまも心の底から島が大好きで、離島ゆえの不便さにも前向きに取り組み、情熱的にふるさとづくりを進めている様子が伝わり感動しました。

一方で、島の皆さんには当たり前の日常風景が、島外からの者にとっては非日常の貴重な島の資源であることも、実践活動チームのメンバーからお伝えできたかなと思います。

慌ただしくパネルディスカッションを終えて、北大東島へ移動します。北大東島編はまた改めて。

↑製糖工場の煙突に「さとうきびは島を守り、島は国土を守る」と書かれているのが印象的でした。

やっとほっと一息

 

 

長期に渡るブログ放置をご心配くださった皆さま、申し訳ございませんでした。

私は東京のクレイジーな暑さにも生きながらえております。「沖縄は避暑地」と言ってよいくらいの本土の暑さです。

そして。ついに今学期最後に残った期末レポートも書き終えて提出致しました!

大小含めて負荷は様々でしたが、教場試験やグループワークのレポート含めて計50の課題をこなしました。この50という数が多いのか少ないのかも判りませんが、本当にしんどかった。

寝ている間も夢でレポートを書き、時々、夢と現実の区別が付かなくなりながらも何とか乗り切りました。あとは成績がどう判定されるかです。後期は修士論文に相当なエネルギーを要するので、たとえオールC判定でもいいから、単位が欲しいというのが本音です。

一番しんどかった統計学のレポートについては、早速採点が教授から返ってきました。点数は決して良いとは言えませんが、教授のコメントに「ていねいな分析、論理的な仮説の構築は良かった」とのなぐさめの言葉(?)を戴きました。私がWBSに入学したのは論理的思考を身につけることが大きな目標だったので、とても嬉しいコメントでした。「大人の数学教室」へ高額の授業料を払ってセルフ補講をした甲斐はあったかも知れません。

教授のコメントを読みながら、数年前に制作した父の個人史の中の米留時代の話を思い出していました。

ミシガン州立大学へMBA留学をしていた父が、当時提出した「沖縄の金融システムについて」という論文に、担当教授から“Many language problems”と、たくさんの朱ペンが入ったそうですが、“That is logically correct”とも書かれていたとのこと。きっと父もそのコメントを喜んだだろうな。

前期最後の授業は、最も負荷の高いものでした。「ケース・メソッド論」と言って、実際に存在する企業の事例を自分でケーススタディとして作成し、それを授業の中で受講生の前で行うものです。

私はFSX株式会社様を取材させて頂き、ケースとして作成しました。同社には会社訪問や、社長様をはじめ社員の皆様に何度もヒヤリングをさせて頂き本当にお世話になりました。この場を借りて改めて心より感謝を申し上げます。

同時に、私の拙いケース・リードにご協力くださったクラスの皆さんに心から感謝を申し上げます。

最後の授業が終わった日の翌日から、早稲田大学オープンキャンパスが始まるということで、学内に様々な掲示物が設置されてとても賑やかでした。

私の甥っ子もオープンキャンパスに参加し久しぶりの嬉しい再会!

甥っ子が精力的に説明会に参加している間、私は妹(甥っ子のママ)と會津八一博物館やエンパク、早稲田歴史館巡りを堪能。

坪内逍遥先生へのご挨拶と握手もしっかり行い、甥っ子の年明けの受験合格を祈りました。

甥っ子のオープンキャンパスを終えた後すぐに、その時点で残っていた期末レポート2つとの闘いを大急ぎでやっつけ、私は南北大東島への出張へ飛ぶ事になります。沖縄最東端の島々への旅については、改めて書こうと思います。

期末レポート&試験の嵐が吹き荒れる

写真は上から見た大隈講堂です。(隣の26号館だっけかな)ランチタイムにレストランから撮影しました。アングルが変わると面白いですね。

1号館は上から見るとこんな感じです。風情のある古い建物で大好きです。

 

さて、皆さま、ご心配頂きありがとうございます。私は何とか持ちこたえています。いやはや、忙しいとは聞いていましたが、ビジネススクールがこんなにもハードだとは。

つい先ほど、超重たいレポートを1つ片付けて気が緩んだので、久しぶりにブログのことを思い出した次第です。

とはいえ、8月中旬まで、まだあと12のレポートと教場試験を2つ、グループ発表を1つ抱えています。どうかこれ以上降ってきませんように。

GWが明けて以降、ものすごい勢いで毎週課題が出されるので、期日管理のために一覧表を作っています。5月11日に管理を始めましたが、トータル46件の課題をこなす事になります。

くどいようですが、どうかこれ以上、課題が降ってきませんように。

 

なーんて書いてると、益々皆さまにご心配をかけてしまいますよね。

でも、大丈夫です。しっかりと「美味しいものを食べる」ことに関しては譲らないポリシーを貫いていますのでご安心を。

先日は娘と一緒に、古くからのホテルビジネス仲間から力説された、「東京MEAT酒場」のミートソースパスタを食べて来ました。

え?どこがミートソースパスタ?と思いますよね。こちらのパスタは食べ方にもお作法があるのです。まずは、チーズがたっぷり絡んだ自家製パスタを味わいます。これだけでも本当に美味しいのですよ。思わず、バクバクいけてしまいます。

そしたらまあ、何と!中から濃厚なミートソースが出てくるのですわ。このソースがまた何とも言えない旨さ。オプションでトマトスープをオーダーすれば、マイ・スープパスタにもなるそうで、次回はぜひ試してみようと思います。

だし巻き卵じゃないですよ、オムレツです。激ウマ!

 

という訳で、私は元気にやってまーす。