早稲田松竹で映画を観る

高田馬場の住まいの近くに、ずっと気になっていた映画館があります。

「早稲田松竹」は、今では数少ない名画座映画館。ロードショーの終了した映画や過去の名作を厳選し、二本立てで上映しています。

1枚のチケットで、映画を2本観れるのです。それも入れ替え無し。さらにチケットと外出証はその日1日有効という優れモノ。午前中に1本観てから外出し、夕方に戻ってもう1本を観るという事も可能なわけです。おまけに安い!一般料金1,300円、私は学割が使えるので(自慢)なんと1,100円!これ映画を2本を観られるとは何とお得なのでしょうか。

2本の映画の選定にも、映画館なりのテーマを設けているのが興味深いところです。今週は「現代アメリカと巨匠たち」としてスピルバーグ監督の「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」とイーストウッド監督の「15時17分、パリ行き」の豪華2作品。どちらも実話をもとにした見応えのあるものです。

早稲田松竹は小さな映画館で、普段通りかかる時には、あまり流行っているようには見えなかったのですが、とんだ誤解でした。到着したらチケット売り場は既に長蛇の列。立見がでるほどの盛況ぶりでした。入れ替え制ではないため、ドアの外では席が空くのを待つ人も大勢並んでいました。上映する映画にもよるのかも知れませんが、観客の年齢層も高く、長年のリピーター顧客が非常に多い印象。

館内は清潔でシートの座り心地も最高です。館内販売の飲食物は飲み物の自販機しかないため、「食べ物はご自由にお持ち込みください」とのこと。昔の映画館を思い出し懐かしくなりました。

映画館で映画を観るのは本当に久しぶりで、すごく贅沢な気分になりました。これからも時間が許す限り、ちょいちょい足を運ぼうと思います。

早稲田松竹 http://www.wasedashochiku.co.jp/aboutws/aboutws.html

 

北大東島編

北大東島を初めて訪ねたのが2008年でしたので、実に10年ぶりの再訪となります。

10年前の初訪問はちょうどクリスマスの前で、リッツ・カールトン・ホテル元日本支社長の高野さんが、これまで生のクラシック演奏を聴いたことが無い島の子供達へ、演奏家を連れて三重奏のプレゼントをしたツアーに同行したのでした。

沖縄最東端の北大東島では、10年前と全くお変わりないエネルギッシュな宮城村長が出迎えてくださり、役場の皆さまと共に翌日までずっと視察団をアテンドしてくださいました。

パネルディスカッションでは、「島の生き字引」と地元の人々から尊敬を集めている方や水産組合長、村の観光産業のキーパーソン、教育長、さとうきび生産組合長にご参加を頂き、貴重な意見交換の時間を共有しました。

北大東島の開拓は、明治36年に始まりました。(明治33年に八丈島出身の玉置半右衛門氏が南大東島への上陸を果たした3年後)

その時には現在の役場前にサトウキビを8株植え付けをしたそうです。実際に本格的な開拓が進められたのは南大東島上陸から10年後くらいのブランクがあるとされています。北大東島の開拓が遅れた理由は、当時南大東島の方に想定外の労力を取られた為、北大東島の所有権を担保する目的で、僅かでも開墾してサトウキビを植えたと言われているそうです。

 

開拓者の玉置氏は、北大東島で燐鉱採掘事業を明治43年に開始します。島で採れた燐鉱石は主に化学肥料の原料となり、島は活況を呈しました。戦後の1950年(昭和25年)まで続いた燐鉱石採掘が中止された後、施設の大半は時の経過とともに滅失したり損壊を受けて廃墟になりましたが、平成19年には遺構の一部が経産省の「近代化産業遺産」として認定され、平成28年には文化庁により国指定史跡に認定されました。そして、今年(平成30年)6月には、北大東島の燐鉱山由来の文化的景観が、沖縄県初の重要文化的景観であると答申されています。

私が多くの方々にぜひとも訪れて欲しい場所が、この燐鉱石貯蔵庫跡(国指定史跡)です。島独特の鋭いサンゴ礁の上に佇む史跡は、厳かというしかありません。荒々しい海に直結する船揚げ場からは、当時の土木技術の高さが感じられます。現在の島の人口は276世帯の573人ですが、最盛期の島の人口は2690人に及んだそうです。

島の産業は、燐鉱採掘が中止されて以来、糖業が主要産業となっています。サトウキビ栽培の安定化のため、圃場、灌漑、ため池など農業基盤の整備では県内トップクラスの進捗を進めています。また、輪作作物として取り組んでいるジャガイモ、カボチャもその品質が高い評価を得ています。ジャガイモは加工品としても活用され、ジャガイモ焼酎「ぽてちゅう」は、思わずグイグイ呑み進めてしまう美味しさ。また、カボチャは銀座のデパ地下で1個4000円で販売される程の品質の高さを誇るとのこと。

また、月桃を活かした石鹸やハーブティも島の特産品として大人気です。(特に月桃のハーブティは、お酒好きで肝臓が疲れている方にはおススメです。個人的感想ですが)

陸上養殖施設も見学しました。閉鎖型陸上養殖を行い、透明度の高い海水を直接利用してアワビ2万匹、ヒラメ3千匹を養殖しており、平成29年度からは県内大手スーパーへの出荷も始まっています。

北大東島のサトウキビ畑も素晴らしかったです。南大東島でも視察しましたが、水の少ない島ならではの「点滴灌漑」という方法で、貴重な水を最大限に有効活用しています。

視察団の委員の方で、ザ・ブームの島唄の歌詞に出てくる「ウージの森」の意味を初めて、サトウキビ畑の事と知って感動していた方がいました。

島のサトウキビの生育の良さは、既に森を通り越して「ジャングル」と言ってもよいくらいの迫力がありました。

現在の北大東島には、遊休耕作地はゼロとのこと。小さな島の土地をフル活用しているからこそ、「単収アップが大事」と島の皆さまが口々に仰る言葉が切実に響きました。

南北大東島と言えば、名物と呼ばれる光景に「空飛ぶ漁船」「ゴンドラに載って上陸する人間」があります。

両島ともに港は太平洋むき出しの岸壁でうねりが高いため、貨物や旅客を載せた定期船は、直接接岸できず、岸壁から10mほど離して係留します。そのため、貨物や旅客の乗下船はゴンドラをクレーンで吊り上げて行われます。このゴンドラ体験をするために島を訪れる観光客も多いとのこと。

今回、台風13号が発生していたため、ゴンドラ体験は中止となる予定でしたが、パネルディスカッションのパネリスト知花さんのご配慮で体験することが出来ました。

自分自身がゴンドラに載る体験は、まるでドローンの空撮を生で体験しているようでワクワクしましたが、同時に「島チャビ」という沖縄の言葉を思い出さずにはいられませんでした。島チャビとは「離島苦」のことです。

南北大東島ともに、漁港の整備が進んでいるとはいえ、定期船が接岸できる港はいまだにありません。だから今でも貨物や船で来島した旅客はクレーンで上陸するしかありません。台風の時はもちろんですが、接近する前から定期船が運休になることはしばしばありますし、台風でなくとも悪天候の時には接岸できません。

それは、島の人々に必要な生活物資の陸揚げが出来ないということです。同時に、島の生産物を外へ出荷できないということでもあります。私が普段、当たり前のように受けているロジスティクスの恩恵は、この島では波の高さでいとも簡単に、数日間止められてしまうのです。

それゆえ、私は南大東島でも北大東島でも、島の人々の「しなやかさと逞しさ」に圧倒されました。自然の脅威を受け入れながらも、人間の知恵を最大限に活用して被害を最小限に抑える、その不断の努力と底知れぬパワーに。

私の不勉強でしかないのですが、これまで沖縄本島でもサトウキビが台風のたびに横倒しになる光景を見て、そのまま全部ダメになってしまうのだと思っていました。このたび確認したところ、「ダメージの状態によっては横倒しのままにしておく。無理に起こしてしまうと根が出てしまうから。そのままにしておけば、横になった状態のサトウキビはそこからまた上に向かって育ってくる。だから、台風で横倒しになった年の収穫は『くの字』のサトウキビを収穫するんだよー」との事。

サトウキビも島の人々も本当にしなやかで逞しい。

生きる知恵のヒントと元気を貰った視察の旅でした。

大東諸島への旅(南大東島編)

8月8日・9日の1泊2日の弾丸日程で、「内閣府・ふるさとづくり実践活動チーム」の活動に参加するため、南北大東島へ行ってきました。

この実践活動チームは、担当の首相補佐官と共にさまざまな地域を訪問し、地域の方々との交流を通じて地域モデルを共有、発信するなど全国各地域でのふるさとづくり活動への波及を目的とするものです。

南北大東島は、沖縄県人でも一度も行ったことがない人が圧倒的多数な遠くの島々。

沖縄本島の東方約360㎞の太平洋上に位置し、両島は南北に8㎞で相対しています。大東諸島は他の大陸と一度も陸続きになったことがなく、地質学的にも沖縄本島とは異なっています。約4800万年前、現在のニューギニア諸島付近で火山島として誕生した大東諸島は、長い時間をかけて現在の海域に到達しました。

島を取り囲む険しい岸壁が上陸者を拒み続けたため長い間無人島でした。入植がはじまったのは、20世紀の明治時代に入ってからで、開拓者は遠く離れた八丈島の方々でした。開拓の歴史的背景から、南北大東島は「八丈島と沖縄のチャンブルー文化」が生活に根付いており、沖縄本島や他の離島とは随分趣が異なります。

羽田から那覇空港へ、そして琉球エアーコミューターで乗り継ぎ、約1時間のフライトで南大東島へ。仲田村長をはじめ村役場の皆様が懇切丁寧に案内をしてくださいました。南大東島は基幹産業のサトウキビ畑が広がる美しい島です。以前はシュガートレインも走っていたとのこと。

海抜63mの「日の丸展望台」からは、幕林に囲まれた珊瑚丘陵地帯の島を一望できます。

南大東島で楽しみにしていた訪問先に、島の代表的な特産品のラム酒「コルコル」を製造しているグレイス・ラム社の工場がありました。工場は旧空港のターミナルビルを改修して使用しており、なんと「旧・南西航空」の看板などがそのまま残っていて驚きました。「コルコル」はロックで飲むのもよし、カクテルにするのもよしという非常に美味しいお酒です。最近では海外からの引き合いが増えているとのこと。

ランチには「大東そば」と「大東寿司(みりん醤油に漬け込んだサワラやマグロの漬け寿司)を戴きました。

島の名所で驚いたのは「星野洞」でした。島には100を超える鍾乳洞があるとのこと。その中で特に大きく美しいと言われているのが星野洞。その圧巻の光景に視察団一同息をのみました。

 

また、カルチャーショックだったのは、ふるさと文化センター前に設置されている記念碑でした。「土地所有権認定記念碑」と並び、第三代琉球列島高等弁務官ポール・W・キャラウェイ中将の銅像が建立されていました。これは、キャラウェイ弁務官が、島民の悲願であった土地所有権の認定に大きく貢献したことを讃えたもの。「キャラウェイさんは島民からしたら神様みたいな存在」と説明を受け、戦後の米軍施政権下で「高等弁務官」といえば、酷い人たちだったという話ばかりを聞かされて育った身としては驚きでした。つくづく、歴史は人から教えられたり書物やメディアのいう事を鵜呑みにしていてはいけない、多方面から自分で検証しなければならないと実感しました。

パネルディスカッションでは介護や予防など高齢者の健康・保健事業に携わる職員さんやラム酒工場の工場長、観光協会の事務局長、農業青年クラブの会長など島のふるさとづくりに熱心に取り組んでおられる方々と意見を交換しました。

パネリストの皆さまのみならず、オーディエンスの皆さまも心の底から島が大好きで、離島ゆえの不便さにも前向きに取り組み、情熱的にふるさとづくりを進めている様子が伝わり感動しました。

一方で、島の皆さんには当たり前の日常風景が、島外からの者にとっては非日常の貴重な島の資源であることも、実践活動チームのメンバーからお伝えできたかなと思います。

慌ただしくパネルディスカッションを終えて、北大東島へ移動します。北大東島編はまた改めて。

↑製糖工場の煙突に「さとうきびは島を守り、島は国土を守る」と書かれているのが印象的でした。

やっとほっと一息

 

 

長期に渡るブログ放置をご心配くださった皆さま、申し訳ございませんでした。

私は東京のクレイジーな暑さにも生きながらえております。「沖縄は避暑地」と言ってよいくらいの本土の暑さです。

そして。ついに今学期最後に残った期末レポートも書き終えて提出致しました!

大小含めて負荷は様々でしたが、教場試験やグループワークのレポート含めて計50の課題をこなしました。この50という数が多いのか少ないのかも判りませんが、本当にしんどかった。

寝ている間も夢でレポートを書き、時々、夢と現実の区別が付かなくなりながらも何とか乗り切りました。あとは成績がどう判定されるかです。後期は修士論文に相当なエネルギーを要するので、たとえオールC判定でもいいから、単位が欲しいというのが本音です。

一番しんどかった統計学のレポートについては、早速採点が教授から返ってきました。点数は決して良いとは言えませんが、教授のコメントに「ていねいな分析、論理的な仮説の構築は良かった」とのなぐさめの言葉(?)を戴きました。私がWBSに入学したのは論理的思考を身につけることが大きな目標だったので、とても嬉しいコメントでした。「大人の数学教室」へ高額の授業料を払ってセルフ補講をした甲斐はあったかも知れません。

教授のコメントを読みながら、数年前に制作した父の個人史の中の米留時代の話を思い出していました。

ミシガン州立大学へMBA留学をしていた父が、当時提出した「沖縄の金融システムについて」という論文に、担当教授から“Many language problems”と、たくさんの朱ペンが入ったそうですが、“That is logically correct”とも書かれていたとのこと。きっと父もそのコメントを喜んだだろうな。

前期最後の授業は、最も負荷の高いものでした。「ケース・メソッド論」と言って、実際に存在する企業の事例を自分でケーススタディとして作成し、それを授業の中で受講生の前で行うものです。

私はFSX株式会社様を取材させて頂き、ケースとして作成しました。同社には会社訪問や、社長様をはじめ社員の皆様に何度もヒヤリングをさせて頂き本当にお世話になりました。この場を借りて改めて心より感謝を申し上げます。

同時に、私の拙いケース・リードにご協力くださったクラスの皆さんに心から感謝を申し上げます。

最後の授業が終わった日の翌日から、早稲田大学オープンキャンパスが始まるということで、学内に様々な掲示物が設置されてとても賑やかでした。

私の甥っ子もオープンキャンパスに参加し久しぶりの嬉しい再会!

甥っ子が精力的に説明会に参加している間、私は妹(甥っ子のママ)と會津八一博物館やエンパク、早稲田歴史館巡りを堪能。

坪内逍遥先生へのご挨拶と握手もしっかり行い、甥っ子の年明けの受験合格を祈りました。

甥っ子のオープンキャンパスを終えた後すぐに、その時点で残っていた期末レポート2つとの闘いを大急ぎでやっつけ、私は南北大東島への出張へ飛ぶ事になります。沖縄最東端の島々への旅については、改めて書こうと思います。

期末レポート&試験の嵐が吹き荒れる

写真は上から見た大隈講堂です。(隣の26号館だっけかな)ランチタイムにレストランから撮影しました。アングルが変わると面白いですね。

1号館は上から見るとこんな感じです。風情のある古い建物で大好きです。

 

さて、皆さま、ご心配頂きありがとうございます。私は何とか持ちこたえています。いやはや、忙しいとは聞いていましたが、ビジネススクールがこんなにもハードだとは。

つい先ほど、超重たいレポートを1つ片付けて気が緩んだので、久しぶりにブログのことを思い出した次第です。

とはいえ、8月中旬まで、まだあと12のレポートと教場試験を2つ、グループ発表を1つ抱えています。どうかこれ以上降ってきませんように。

GWが明けて以降、ものすごい勢いで毎週課題が出されるので、期日管理のために一覧表を作っています。5月11日に管理を始めましたが、トータル46件の課題をこなす事になります。

くどいようですが、どうかこれ以上、課題が降ってきませんように。

 

なーんて書いてると、益々皆さまにご心配をかけてしまいますよね。

でも、大丈夫です。しっかりと「美味しいものを食べる」ことに関しては譲らないポリシーを貫いていますのでご安心を。

先日は娘と一緒に、古くからのホテルビジネス仲間から力説された、「東京MEAT酒場」のミートソースパスタを食べて来ました。

え?どこがミートソースパスタ?と思いますよね。こちらのパスタは食べ方にもお作法があるのです。まずは、チーズがたっぷり絡んだ自家製パスタを味わいます。これだけでも本当に美味しいのですよ。思わず、バクバクいけてしまいます。

そしたらまあ、何と!中から濃厚なミートソースが出てくるのですわ。このソースがまた何とも言えない旨さ。オプションでトマトスープをオーダーすれば、マイ・スープパスタにもなるそうで、次回はぜひ試してみようと思います。

だし巻き卵じゃないですよ、オムレツです。激ウマ!

 

という訳で、私は元気にやってまーす。

 

何とか元気にやってます

沖縄ではいきなり台風7号が発生して接近中のニュース。

明日が最接近とのこと、大きな被害が出ないことを祈っています。皆様どうぞお気をつけて。

さて、私といえば。

「こっちの台風の心配をしてるけど、一体、君は大丈夫なのか?」と逆に心配してくださっている皆さま、更新が遅れて本当にごめんなさい。何とか生きてます。毎日が必死です。入学してからあっという間に3カ月が過ぎました。もう7月に入っちゃったじゃないですか!

(「おばぁタイムス」の「6さん」が主役を張れる月が終わってしまった。寂しい。)

現在、期末レポートと試験の花盛りです。まさか、ここまで忙しいとは想像以上でした。。。ついには「ヤバいよ、ヤバいよ」の出川節も出なくなり、課題が一つ増えるたびに深い沈黙に陥っていきます。

修論の執筆に辿り着けるのは、一体いつになることやら。。。

今の救いは、クラスメイトや同級生、ゼミの先輩方が親切に助けてくれることです。会社の仲間も、現場をしっかり守ってくれています。本当にありがたいことです。

泣き言を言ってる場合じゃないわね。オバちゃん、がんばるわよ。

 

 

 

 

 

 

 

なかなか更新できず。。。

S社長、ビデオメッセージを確かに拝見いたしました。更新が滞っておりすみません!

私は元気にしております。

S社長も相変わらずお忙しそうですが、お元気そうなイケメン姿を拝見して嬉しくなりました。励まされました。本当にありがとうございます!

私は課題に追われてアップアップの毎日を過ごしています。

授業のレベルや周囲の優秀なメンバーについていくだけで必死ですが、こういう苦労も今しか味わえない醍醐味です。思いも寄らなかった教授や同級生との出会いも学生生活に彩りを添えてくれています。

苦労もひっくるめて、この貴重な制限時間を味わい尽くしたいと思っています。引き続き見守ってくださいませね。

昨日、初めて大隈先生と撮った写真をアップしますね。

予想外が待っている ―Museum Week始まる

早稲田キャンパス内には、なんと3つも博物館・記念館があります。(それも全部無料で見学ができます)

會津八一記念博物館

演劇博物館

早稲田大学歴史館

せっかくキャンパス内に貴重な博物館があるにも関わらず、一度も足を踏み入れることなく卒業する学生も多いとのこと。なんてもったいことでしょう。

昨日から「WASEDA University Museum Week」が始まりました。イベントは広く一般の方々にも参加を呼び掛けています。(5月21日~6月1日)

■特別企画「ミュージアムウィーク」

このイベント、オリジナルプレゼントも用意されています。早稲田大学のロゴが入ったオリジナルUSBメモリやトートバッグ、藪野健先生オリジナル大隈記念堂立体模型作成キットやオリジナルグラスなどなど。

授業の合間を縫って私も昨日からお題の回答に走り回り、大隈記念講堂キットとUSBメモリ、トートバッグをゲット。

各所のショップで更にグッズを爆買いしちゃいました。特に早稲田大学歴史館(1号館)で販売している漆塗りのしおりは、ちょっとお高めだけどかなりいい感じ。

それぞれの博物館については、また改めてじっくりとご紹介させて頂きたいと思います。

早稲田大学は歴史あるだけに、キャンパス内も見どころが満載。

BCS賞受賞の建物もあり、職業柄、思わず写真を撮りまくってしまいます。きっと、若い子らには「ヘンなオバちゃんがいて怖ぇ~」とか思われているのでしょうが、そんな事は気にせず、いずれ順を追ってご紹介できたらと思います。今日はレポートに追われているのでこの辺で失礼!

ICCプログラムで新しいご縁

早稲田大学にはICC(International Communication Center:異文化交流センター)があり、様々なプログラムやイベントが用意されています。

そのプログラムの中でも大人気なのが“ランゲージ&カルチャー・エクスチェンジ”

ICCがマッチングを行うパートナー同士(2名ペアあるいは3名程度のグループ)で、互いの言語や文化などを教え合う語学の相互学習システム。希望したからと言って全員が受けられるものではないようです。

私もエントリーしたところ、ラッキーにもマッチングされてご縁を戴いたのがインドネシアから留学しているウィボウオさんと日本人の小森さん。

今日は二度目のミーティング。「軽く飲みながらもいいよね!」という事で、小森さん行きつけの小料理屋さんへ。

西早稲田キャンパス近くの小料理屋「寿」は、大将がお一人で切り盛りしておられる、とても美味しくてリーズナブルで居心地がよい空間。英語ペラペラの小森さんに通訳をして頂きながら、日本語ペラペラのウィボウオさんと楽しいひと時を過ごしてきました。

「次回はお互いの友人も連れて来ようね!」という感じなので、益々、多国籍化しそうです。

WBSでの生活は、毎日が新しい経験(殆ど過酷な経験)に加えて、新しい人々との出会いがあり本当に刺激的です。

偶然か必然か、という議論は横に置いておくとしても、半ば強制的に仕掛けられる「多様性の受容訓練」は、きっと私の大きな財産となることでしょう。

ICCでマッチングされたお二人とのご縁も、ぜひ末永く繋いでいきたいです。

あー、WBSに来て本当に良かった!

師の教え

2000社の赤字企業を黒字に変え、「社長のノート」シリーズでも著名な長谷川和廣先生が、私のMBA挑戦を激励してくださいました。

お会いするたびに、惜しみなく先生のご経験と智慧を授けて下さいます。

今の時代に改めて大切なことは、

  • 学び(学びなおし)
  • 実経験
  • ベテランと若手の智慧の交流

とお話ししてくださいました。

長谷川先生の激励にしっかりお応えできるように頑張らなければ!と改めて気を引き締めました。

先生にお招き頂いた「東京アメリカンクラブ」で、素晴らしい学びの時間を過ごすことができました。本当にありがたいことです。心から感謝を申し上げます。