大東諸島への旅(南大東島編)

8月8日・9日の1泊2日の弾丸日程で、「内閣府・ふるさとづくり実践活動チーム」の活動に参加するため、南北大東島へ行ってきました。

この実践活動チームは、担当の首相補佐官と共にさまざまな地域を訪問し、地域の方々との交流を通じて地域モデルを共有、発信するなど全国各地域でのふるさとづくり活動への波及を目的とするものです。

南北大東島は、沖縄県人でも一度も行ったことがない人が圧倒的多数な遠くの島々。

沖縄本島の東方約360㎞の太平洋上に位置し、両島は南北に8㎞で相対しています。大東諸島は他の大陸と一度も陸続きになったことがなく、地質学的にも沖縄本島とは異なっています。約4800万年前、現在のニューギニア諸島付近で火山島として誕生した大東諸島は、長い時間をかけて現在の海域に到達しました。

島を取り囲む険しい岸壁が上陸者を拒み続けたため長い間無人島でした。入植がはじまったのは、20世紀の明治時代に入ってからで、開拓者は遠く離れた八丈島の方々でした。開拓の歴史的背景から、南北大東島は「八丈島と沖縄のチャンブルー文化」が生活に根付いており、沖縄本島や他の離島とは随分趣が異なります。

羽田から那覇空港へ、そして琉球エアーコミューターで乗り継ぎ、約1時間のフライトで南大東島へ。仲田村長をはじめ村役場の皆様が懇切丁寧に案内をしてくださいました。南大東島は基幹産業のサトウキビ畑が広がる美しい島です。以前はシュガートレインも走っていたとのこと。

海抜63mの「日の丸展望台」からは、幕林に囲まれた珊瑚丘陵地帯の島を一望できます。

南大東島で楽しみにしていた訪問先に、島の代表的な特産品のラム酒「コルコル」を製造しているグレイス・ラム社の工場がありました。工場は旧空港のターミナルビルを改修して使用しており、なんと「旧・南西航空」の看板などがそのまま残っていて驚きました。「コルコル」はロックで飲むのもよし、カクテルにするのもよしという非常に美味しいお酒です。最近では海外からの引き合いが増えているとのこと。

ランチには「大東そば」と「大東寿司(みりん醤油に漬け込んだサワラやマグロの漬け寿司)を戴きました。

島の名所で驚いたのは「星野洞」でした。島には100を超える鍾乳洞があるとのこと。その中で特に大きく美しいと言われているのが星野洞。その圧巻の光景に視察団一同息をのみました。

 

また、カルチャーショックだったのは、ふるさと文化センター前に設置されている記念碑でした。「土地所有権認定記念碑」と並び、第三代琉球列島高等弁務官ポール・W・キャラウェイ中将の銅像が建立されていました。これは、キャラウェイ弁務官が、島民の悲願であった土地所有権の認定に大きく貢献したことを讃えたもの。「キャラウェイさんは島民からしたら神様みたいな存在」と説明を受け、戦後の米軍施政権下で「高等弁務官」といえば、酷い人たちだったという話ばかりを聞かされて育った身としては驚きでした。つくづく、歴史は人から教えられたり書物やメディアのいう事を鵜呑みにしていてはいけない、多方面から自分で検証しなければならないと実感しました。

パネルディスカッションでは介護や予防など高齢者の健康・保健事業に携わる職員さんやラム酒工場の工場長、観光協会の事務局長、農業青年クラブの会長など島のふるさとづくりに熱心に取り組んでおられる方々と意見を交換しました。

パネリストの皆さまのみならず、オーディエンスの皆さまも心の底から島が大好きで、離島ゆえの不便さにも前向きに取り組み、情熱的にふるさとづくりを進めている様子が伝わり感動しました。

一方で、島の皆さんには当たり前の日常風景が、島外からの者にとっては非日常の貴重な島の資源であることも、実践活動チームのメンバーからお伝えできたかなと思います。

慌ただしくパネルディスカッションを終えて、北大東島へ移動します。北大東島編はまた改めて。

↑製糖工場の煙突に「さとうきびは島を守り、島は国土を守る」と書かれているのが印象的でした。