北大東島編

北大東島を初めて訪ねたのが2008年でしたので、実に10年ぶりの再訪となります。

10年前の初訪問はちょうどクリスマスの前で、リッツ・カールトン・ホテル元日本支社長の高野さんが、これまで生のクラシック演奏を聴いたことが無い島の子供達へ、演奏家を連れて三重奏のプレゼントをしたツアーに同行したのでした。

沖縄最東端の北大東島では、10年前と全くお変わりないエネルギッシュな宮城村長が出迎えてくださり、役場の皆さまと共に翌日までずっと視察団をアテンドしてくださいました。

パネルディスカッションでは、「島の生き字引」と地元の人々から尊敬を集めている方や水産組合長、村の観光産業のキーパーソン、教育長、さとうきび生産組合長にご参加を頂き、貴重な意見交換の時間を共有しました。

北大東島の開拓は、明治36年に始まりました。(明治33年に八丈島出身の玉置半右衛門氏が南大東島への上陸を果たした3年後)

その時には現在の役場前にサトウキビを8株植え付けをしたそうです。実際に本格的な開拓が進められたのは南大東島上陸から10年後くらいのブランクがあるとされています。北大東島の開拓が遅れた理由は、当時南大東島の方に想定外の労力を取られた為、北大東島の所有権を担保する目的で、僅かでも開墾してサトウキビを植えたと言われているそうです。

 

開拓者の玉置氏は、北大東島で燐鉱採掘事業を明治43年に開始します。島で採れた燐鉱石は主に化学肥料の原料となり、島は活況を呈しました。戦後の1950年(昭和25年)まで続いた燐鉱石採掘が中止された後、施設の大半は時の経過とともに滅失したり損壊を受けて廃墟になりましたが、平成19年には遺構の一部が経産省の「近代化産業遺産」として認定され、平成28年には文化庁により国指定史跡に認定されました。そして、今年(平成30年)6月には、北大東島の燐鉱山由来の文化的景観が、沖縄県初の重要文化的景観であると答申されています。

私が多くの方々にぜひとも訪れて欲しい場所が、この燐鉱石貯蔵庫跡(国指定史跡)です。島独特の鋭いサンゴ礁の上に佇む史跡は、厳かというしかありません。荒々しい海に直結する船揚げ場からは、当時の土木技術の高さが感じられます。現在の島の人口は276世帯の573人ですが、最盛期の島の人口は2690人に及んだそうです。

島の産業は、燐鉱採掘が中止されて以来、糖業が主要産業となっています。サトウキビ栽培の安定化のため、圃場、灌漑、ため池など農業基盤の整備では県内トップクラスの進捗を進めています。また、輪作作物として取り組んでいるジャガイモ、カボチャもその品質が高い評価を得ています。ジャガイモは加工品としても活用され、ジャガイモ焼酎「ぽてちゅう」は、思わずグイグイ呑み進めてしまう美味しさ。また、カボチャは銀座のデパ地下で1個4000円で販売される程の品質の高さを誇るとのこと。

また、月桃を活かした石鹸やハーブティも島の特産品として大人気です。(特に月桃のハーブティは、お酒好きで肝臓が疲れている方にはおススメです。個人的感想ですが)

陸上養殖施設も見学しました。閉鎖型陸上養殖を行い、透明度の高い海水を直接利用してアワビ2万匹、ヒラメ3千匹を養殖しており、平成29年度からは県内大手スーパーへの出荷も始まっています。

北大東島のサトウキビ畑も素晴らしかったです。南大東島でも視察しましたが、水の少ない島ならではの「点滴灌漑」という方法で、貴重な水を最大限に有効活用しています。

視察団の委員の方で、ザ・ブームの島唄の歌詞に出てくる「ウージの森」の意味を初めて、サトウキビ畑の事と知って感動していた方がいました。

島のサトウキビの生育の良さは、既に森を通り越して「ジャングル」と言ってもよいくらいの迫力がありました。

現在の北大東島には、遊休耕作地はゼロとのこと。小さな島の土地をフル活用しているからこそ、「単収アップが大事」と島の皆さまが口々に仰る言葉が切実に響きました。

南北大東島と言えば、名物と呼ばれる光景に「空飛ぶ漁船」「ゴンドラに載って上陸する人間」があります。

両島ともに港は太平洋むき出しの岸壁でうねりが高いため、貨物や旅客を載せた定期船は、直接接岸できず、岸壁から10mほど離して係留します。そのため、貨物や旅客の乗下船はゴンドラをクレーンで吊り上げて行われます。このゴンドラ体験をするために島を訪れる観光客も多いとのこと。

今回、台風13号が発生していたため、ゴンドラ体験は中止となる予定でしたが、パネルディスカッションのパネリスト知花さんのご配慮で体験することが出来ました。

自分自身がゴンドラに載る体験は、まるでドローンの空撮を生で体験しているようでワクワクしましたが、同時に「島チャビ」という沖縄の言葉を思い出さずにはいられませんでした。島チャビとは「離島苦」のことです。

南北大東島ともに、漁港の整備が進んでいるとはいえ、定期船が接岸できる港はいまだにありません。だから今でも貨物や船で来島した旅客はクレーンで上陸するしかありません。台風の時はもちろんですが、接近する前から定期船が運休になることはしばしばありますし、台風でなくとも悪天候の時には接岸できません。

それは、島の人々に必要な生活物資の陸揚げが出来ないということです。同時に、島の生産物を外へ出荷できないということでもあります。私が普段、当たり前のように受けているロジスティクスの恩恵は、この島では波の高さでいとも簡単に、数日間止められてしまうのです。

それゆえ、私は南大東島でも北大東島でも、島の人々の「しなやかさと逞しさ」に圧倒されました。自然の脅威を受け入れながらも、人間の知恵を最大限に活用して被害を最小限に抑える、その不断の努力と底知れぬパワーに。

私の不勉強でしかないのですが、これまで沖縄本島でもサトウキビが台風のたびに横倒しになる光景を見て、そのまま全部ダメになってしまうのだと思っていました。このたび確認したところ、「ダメージの状態によっては横倒しのままにしておく。無理に起こしてしまうと根が出てしまうから。そのままにしておけば、横になった状態のサトウキビはそこからまた上に向かって育ってくる。だから、台風で横倒しになった年の収穫は『くの字』のサトウキビを収穫するんだよー」との事。

サトウキビも島の人々も本当にしなやかで逞しい。

生きる知恵のヒントと元気を貰った視察の旅でした。