番外編3 辿り着けてよかった

WBSの一次試験は10月最後の日曜日。試験は午前9時集合なので、私は前日の土曜日には東京入りをしておかなければなりません。

しかしその直前、私は「物理的に受験できるのか?」という深刻な事態に陥っていました。原因は台風22号の発生。前週は21号が沖縄に接近し、週末には多くのフライトが欠航となりました。二週連続の週末台風です。

おまけに私は試験の2日前まで、業界団体の海外視察研修のため香港にいました。沖縄から香港に発つ日までは、22号は本島直撃をまぬがれる進路予想。「前週の久高島上陸も守られたから、たぶん大丈夫さー」と根拠のない自信を持ちつつも念のため、帰沖したその足で東京へ飛ぶこともできるように、受験票と筆記用具、冬支度をまとめて迎えの車に乗せる段取りだけはしていました。

唯一迷ったのは、受験票の「原本」を持って香港に飛ぶか、「コピー」を持って飛ぶか。海外で受験票を失くすリスクを考えたものの、今思うと直感が働いたのでしょう。受験票の原本を持っていくことにしたのでした。

視察中は充実したスケジュールを楽しんでいたものの、気になるのはやっぱり台風。22号は進路を変え沖縄本島へ真っすぐに進み始めています。これは危ない、沖縄までは予定通りに戻れても、翌日に私が上京するフライトの欠航は、ほぼ確実と思われます。

慌てて前日のフライトに変更しようと試みるも、既に全ての航空会社の全便が満席。私と同じように予定を早める観光客、ビジネス客が殺到しているのでしょう。

さあ困った、どうしよう?!「もしかして、受験できない??」と一瞬パニックに。

でも、そこはさすが旅のプロが大勢参加している業界団体の視察旅行。「nankuruさん、ここはもう迷わずに明日、香港から羽田か成田にお入りなさい」。旅行社の添乗員さんがいたことも幸いでした。ぎっしり詰まった視察スケジュールの合間を縫って羽田へのチケットを手配してくれたのでした。

天から試されていると感じていました。何が何でも早稲田キャンパスに辿り着き、回答用紙に受験番号と名前だけでも書いてやる!

沖縄へ帰る視察団と別れ、羽田行きの搭乗手続を済ませたら、次に解決しなければいけないのは「服装問題」でした。10月とはいえまだ真夏の沖縄と香港。当然私も真夏の軽装です。東京は異例の寒さと報道されているし、天気予報では雨マークまで出ています。羽田の到着ロビーで適当な服屋はあるのかしら?到着する時間帯に営業しているかしら?など心配事は次から次と湧いてきます。羽田からホテルまで、バカみたいに夏服で凍えながら歩きたくない!

すると香港国際空港の出発ロビーにMUJIを発見。駆け込んで爆買いです。下着からシャツ、コート、マフラー、折り畳み傘、そして受験用のボールペンと修正テープ。結局、香港滞在中に土産物の類はひとつも買えず受験対策用品ばかり。

羽田空港のトイレで冬物に着替えて、ホテルにたどり着いた時には、寒さと神経の疲れでヘロヘロでした。

そして受験当日。

雨が降り寒さの増した東京。スーツケースをゴロゴロ引きずりながら、再び大隈重信像が見えた時にはあまりにホッとして思わず拝んでしまいました。おかげさまで無事に辿り着けました。

回答用紙に名前だけでも書けたら満足、と思ってはいたものの、出題を見たら「レストランオーナーシェフの吉田さんが寝坊をした。さあ、ランチ営業をどうする?」問題。

「おいおい、こちとら必死で辿り着いたんだぞ。寝坊なんかしてんじゃねーよ、吉田さんよー」と心の中で毒づきながら、苦手な計算問題に没頭していったのでした。

番外編2 行けた旅~久高島

「神の島」と言われる久高島。島から呼ばれなければ行ってはいけないと固く信じていたため、50を過ぎてもまだ行った事がありませんでした。(呼ばれる、というのは各々のタイミングのことですから、あまり深く考えないでください)

それが何ということでしょう。東京の友人・ヤマさんが10月中旬の沖縄来訪中に、4度目の久高島訪問を計画しているというではありませんか。カバン持ちでいいから随行させてくれと、私は自ら「押しかけ初上陸」を頼み込みました。

いよいよ島に行く日程が近づいてきた頃に、またまた何ということでしょう。台風21号が発生。思いきりこっち(沖縄本島)に向かっているではありませんか。

台風の進路と速度からみて、ヤマさんご一行の沖縄入りには問題ありませんが、久高島への船便が運航するかどうかは微妙。そして東京への帰りのフライトはかなりヤバそう。

自然が相手の事ですから、現実に人間がコントロール出来ることと言えば、旅程の変更くらいです。それでもさすがヤマさん。あまりの過密スケジュールのため、何と台風が向かっている事すら知らないままに沖縄入りをしたのでした。

朝一番のフライトで到着したご一行と空港で合流し、ここから賑やかなおばちゃん4人の久高島詣での珍道中が始まります。

まずはレンタカーの手続きに時間のかかることといったら!おまけにカーナビは判りづらいわ、私は道案内を間違えるわ、道路は混んでいるわ、331号線では前を走る路線バスがいちいち停留所で停まるわで、まるで何かに引き止められているかのよう。

結局、港に着いたのは船が出た15分後。次のフェリーで向かったとしても、日帰り行程だから久高島には1時間くらいしか滞在できない計算。台風が接近中ですから、今日中に戻らなければ2~3日間、島で足止めをくう可能性もあります。

それでも簡単には諦めないのがおばちゃん達の強さ。だてに歳を取ってきたわけではありません。ダメ元であらゆる可能性に当たって砕けてみようと、既に渋滞のさなかにフェリー運航会社に電話をかけていました。

「あと5分で着くので待ってもらえませんか?」と無謀なお願いをしてあっさり断られます。いくらダメ元でも公共交通機関にちょっと待って、と言えた自分がちょっと怖い。

「そうだ漁船だ。漁船を出してもらえないか当たってみよう!」と、久高島に住むナエさんに電話で相談したところ、なんと「海上タクシー」なるものがあるというではありませんか。でも、安座間港にはそれらしき船は泊まっていません。全員でググりまくって情報収集。何度も電話してやっとつながった船長さんに事情を説明するも、

「台風が来るから、さっき島に戻った便で終わり。これから運休だよ。台風対策で船を陸に揚げるところさー」とのこと。いよいよ漁師さんを探さなければいけないかと思ったものの、「なぜ、今日中に私達が久高島に行かねばならないか」を滔々と訴え続けた私。根負けしてくれた優しい船長さんは、「仕方ない。これから安座間港に向かう。但し、往路だけだからね。復路便は出せないからね。」と渋々OKしてくれたのでした。

 

 

海上タクシー「ジュピター号」は、とても綺麗で快適な上に室内・室外の両方に座席があるので、海風と水しぶきを満喫できます。クルージング気分でおばちゃん4人も童心に返って大はしゃぎ。

島の港では、ナエさんが温かく出迎えてくれました。

久高島は島全体がパワースポットのようなもの。「久高島からは石ころひとつ、葉っぱのひとつも勝手に持ち帰ってはいけない」と言われています。

台風が接近しているとは思えないほど穏やかで美しい空と海、キラキラした太陽の光。空気もなんだか神々しく感じられます。島を回りながら、岡本太郎さんが「沖縄文化論」の中で、“「何もないこと」の眩暈”と表現していたことを思い出します。

ナエさんの導きで島のあちこちにある御嶽で祈ることが出来たのは本当にありがたいことでした。

結局、台風接近の気配など一切感じることもなく最高の天気に恵まれ、島で予定していた全行程を無事に終えることが出来たのは久高島の神様のおかげと皆で感謝。

復路はちゃんとフェリーに乗って帰ることが出来ました。東京からのご一行には初日からイレギュラーな珍道中でハラハラさせてしまったけれど、結果オーライでより印象深い久高島上陸になったかな?

ヤマさんといえば沖縄滞在の全行程を満喫し、那覇発フライトは欠航便の相次ぐ中、しっかりと予定通り(その日飛べた最後の便だとか)に帰京したのでした。さすがヤマさん!

番外編1 行けなかった旅

WBSを受験するなんて思いつきもしなかった8月初旬、私は手あたり次第にプライベート中心のスケジュールを手帳にぶっこみ始めていました。その頃の私は現実逃避中で、仕事から遠ざかる機会をいかに多く作るかというのが切実な問題だったからです。これについては、いつか機会があったら詳述しましょう。

最初のプライベート充実プランは友人のアヤさんと一緒に10月初旬の連休に京都・大阪へ2泊3日の旅。彼女の仕事のイベント視察に便乗して私も京都で寺社仏閣を巡り、大阪へ移動して念願の天満天神繁昌亭の落語を聴き、夜は久しぶりに会う友人と飲み明かそうと楽しい予定を立てていました。

関空へのフライトのチェックインを済ませ、アヤさんの到着を待っている時に鳴った携帯電話。「兄が病状悪化で急逝した」という、いとこからの報せでした。まだ40代の若さで、幼い子供を遺して逝かなければならなかったいとこの無念を思うと今も胸が痛みます。

飛行機に乗り込む直前に訃報を受ける事が出来たのは、天国のウヤファーフジ(ご先祖様)の采配かもしれません。報せのタイミングのおかげで直ぐに引き返し、諸々の対応をすることが出来たことに感謝をしています。

とはいえ、旅行のドタキャンで友人たちには迷惑をかけてしまいました。本当にごめんなさい。

それでもアヤさんは京都の北野天満宮で、私のために学業成就の御守りをお土産に持って帰ってきてくれました。

「今までの人生で、こんなに必死に祈ったことはなかったよ」と話す彼女から貰ったその御守りは、受験期間中ずっと私の鞄で軽やかな鈴の音色と共にゲンを付けてくれました。本当にありがとう!

対策なんて出来るの?~から実際の試験

一次試験の小論文はなんと「ボールペンを使用して手書き(!)」で回答しなければなりません。(修正液の使用は認められています)

このご時世、仕事も生活もキーボードとスマホで殆どの事が片付きますから、もう漢字も書けなくなっています。おまけに、私の字はスタッフが解読できずに難儀をさせてしまうほどの悪筆。

小論文対策以外に字の練習までしなきゃいけないのかよ、と青ざめました。思わず地元の本屋に走り美文字の練習本を購入。(結局、一度も練習できず本は新品のまま)

でも何より大切なのは字よりも中身です。まずは過去問研究。WBSの過去問題はホームページに過去2年分が掲載されていました。

  • 2016年秋募集 自動車メーカーの不正問題に関するもの(新聞記事あり)
  • 2016年冬募集 電子マネー市場を立ち上げた企業の経営分析系(グラフあり)
  • 2017年秋募集 米国ビジネススクール教授が書いた論文の一節をもとに出題
  • 2017年冬募集 働き方改革(副業解禁、週休三日制など)に関するもの

正直に言って、私にとってハードルが高過ぎる設問ばかりです。これらの問題に回答するだけでも、一体どれだけの勉強とリサーチが必要なことか。

願書を提出した時点で一次試験まで1カ月を切っており、カウントダウンは始まっています。その間に県外旅行、県内旅行、海外出張というスケジュールが入っていました。実質20日間くらいしか時間が使えない中で、過去問を分析したり回答している場合ではないのでは?

「これはもうヤマをはるしかない!」と思ったものの、出題範囲なんて経済・経営全般ですからヤマのはりようもありません。

とりあえず過去問に出た分野はもう出ないだろうと考え、それ以外の分野の情報収集のために集中的に日経新聞と経済雑誌を読み込むことと、露出の多いテーマについては漠然とでもいいから自分の考えをまとめることを心がけることにしました。

再び同僚の常務(超ロジカルシンキング)に相談すると、「試験の小論文に正解も不正解もないよ。自分の考えがしっかりしていて、それを論理的に説明できているかどうかが大切なんだよ」とのこと。よし、それならば時間の無い今の私には、知識という自分の「引き出し」を増やすことに注力するのみ。特にESG関連やガバナンス関連、女性活躍推進関連、EVやAI関連にはアンテナを高くして情報収集をしました。

そして受験当日。

出題内容と過去問とのあまりのカラーの違いに1分間くらい固まってしまいました。

ものすご~く端折って説明すると、「レストランオーナーシェフの吉田さんが寝坊をした。さあ、ランチ営業をどうする!?」というもの。

2018年秋募集の出題

個人的にはストーリー性のある問題文が面白かったのと、関連業界からの設問だったので、「自分事」として解答できたと思っています。

しかし。計算があまりにも出来なくて情けなくなりました。試験時間の大半を検算で使うことになり、設問に対する論理的記述がものすごく手薄になってしまったことを反省しています。字も後半部分は時間が足りなくてメチャクチャ殴り書きになったし。

試験に合格した今だから書けることかも知れませんが(いや、不合格だったとしても)、もう自分の提出した回答用紙は読みたくないし、何点の評価を貰ったのかも知りたくないですねえ。。。

帰沖して件の常務に出題の報告をしたら「行動経済学の問題だったんだね」とのこと。

すみません、よく判りません。これからちゃんと勉強します。

 

 

いざ、出願。

さて、過去問を見て真っ青になったものの、エントリー作業は粛々と進めなければなりません。

まずは出願書類の中でも取り掛かりやすそうな職務履歴とエッセイ1の「実務体験やこれまでに成し遂げてきたこと」から。

しかしながら、30年間の仕事生活を記述するというのは(それもたったの1000字で)意外に大変なもので、自分の半生を振り返る作業にも似ています。これから挑戦する方は、簡単でもよいので自分の仕事年表を作成しておくことを強くおススメします。将来、自分史を書くことがあったら役立つこと間違いなし。

エッセイ2の「キャリアゴール」とエッセイ3の「研究計画書」は、関連性が必要だと思われました。また、研究テーマの設定は、自分の仕事の課題解決に直結するものでないと、やる気も湧かないし根気も続かないものです。

学問と実利の一石二鳥を狙いたいので、私のテーマは「コーポレートガバナンスとファミリービジネス研究」に決定。いずれのエッセイも、限られた文字数で論理的な記述が求められます。私は、文章を書く事自体はそう嫌いではないですが、ついついエモーショナルなものになりがち。

なので、再び同僚の常務(超ロジカルシンキング)に赤ペン先生としてご登場願い、何度も添削をしてもらいました。常務、ありがとう!!        なんだかんだで出願期間までの1カ月間を、このエッセイ3点セットに費やしました。

あっという間に10月になり出願期間に突入。それまでに添削と書き直し、読み返しと書き直しの繰り返しでいい加減に疲れてきたので、出願期間の初日に速攻で提出!

さあ、次は一次試験の小論文対策が待っています。

「なんくるないさ」考

あけましておめでとうございます。

今日の沖縄は眩しい日差しが降り注ぎ、昼間は半袖で過ごせるほどの暖かさ。

近所のお寺で引いたおみくじは中吉。学問は「怠らずに励め」でした。神様はちゃんと見ておられますね。

さて、今日は当ブログの名前について。

「なんくる」は沖縄の言葉「なんくるないさ」から拝借しています。

今や全国でもよく知られている言葉で、「なんとかなるさ~」という楽観的な意味(ちょっといい加減な感じ)で使われることが多くなりましたが、実は本来の意味は違うことをご存知ですか?

もともとは、「まくとぅそーけー、なんくるないさ」という定型句で、その意味は、人として「まくとぅ(真・誠)=正しい事、行い」をしていれば、「なんくるないさ=自然とあるべき様になるものだ」ということ。

「人事を尽くして天命を待つ」にも通じ、個人的には「自分のベストを尽くしたその先は、畏怖の念をもって結果を受け入れること」と解釈しています。ある意味、祈りのようでもありますが、自分が汗をかかずしては使えない祈りです。

私にとっても皆様にとっても、「なんくるないさ」で素晴らしい2018年となりますように。

 

出願準備を始める

WBSは書類審査と筆記試験(小論文)が一次選考。それを通過して二次選考の面接に合格したら入学が認められます。

私は安易に考えていて、エントリーは大学受験の時のように応募書類と受験料納付くらいだろうと思っていたので、まず、この志願の入り口で躓くことに。

エントリーはWBSのホームページから行いますが、3つの「エッセイ」を書いて提出しなければなりません。エッセイのテーマは「1.これまでに成し遂げたことや実務経験(1,000字以内)」、「2.キャリアゴール(500字以内)」、そして「3.研究計画書(1,000字以内)」です。

「え?研究計画書って今書くの?私が決めなきゃいけないの?入学してからじゃダメなの?」と呆然。同僚の常務に訊いたら、

「当たり前さー。大学院なんだから。研究したいテーマがあるから進学するんでしょー。」とにべもない返事。

さあ、大変なことになりました。まず、「研究」という言葉そのものが、何だか自分とは関係の無い世界のことように思えます。

「日頃、仕事を通して困っていることや、解決したいなあと思っていることをテーマにすればいいわけさー。」という常務の言葉に少し安堵。困っていることは山ほどありますからね。解決したいことをリストアップして、優先順位をつければよいのね、という事で、いったん保留。

筆記試験の小論文は、WBSホームページに載っている過去問を見て絶句。なんて難しいんだ!独学で対策なんて立てられるのだろうか?ヤバい、ヤバい、ヤバい、と頭の中がグルグル回り始めました。

慌てて過去の受験生や卒業生のブログをググりまくり、研究計画書の書き方や小論文対策におススメの書籍をAmazonで購入。以下の3冊にはすごく助けられました。ブログ主さま達に感謝。

というわけで、そもそも受験に挑戦する前段階で、勉強しておかなければならない事が山ほどあることを理解し、パニックに陥る私でした。

国内MBA研究計画書の書き方―大学院別対策と合格実例集

国内MBA受験 小論文対策講義 (ウインドミル国内MBA受験シリーズ)

大学院・大学編入学 社会人入試の小論文 改訂版 思考のメソッドとまとめ方

 

続きはまた来年。

今日は大晦日です。皆さま、佳いお年をお迎えください。

 

WBS入学説明会に参加

 

ビジネススクール受験を検討しているけど、入学説明会への参加を迷われている方がいたら、ぜひ参加することをおススメします。

自分が通う事になるかもしれないキャンパスに立ち、教授陣や職員さんのお話を直接聴けるというのは、やっぱり臨場感、ライブ感が違います。自分のモチベーションも上がるし、学生生活をイメージするのにも役立ちます。

説明会は休日に開催されるので、遠方の方は大変だと思いますが、スケジュールとお財布が合うならぜひご参加を。

さて、私は8月の終わりに突如思い立ったものの、その頃はまだ「MBAはビジネススクールで取得するもの」くらいの知識しかなくて、受験方法やMBAのカリキュラム、スケジュール感も全くの無知。国内にどんなスクールがあるのかも判らない。慌ててWEBをググりまくることに。

ただ、「行くなら早稲田」と最初からWBSありきで考えていたので、スクール選びに迷う必要が無かったのは時間の節約になりました。

なぜ、WBSありきだったかというと、会社のトップ(私の親父)が早稲田大学出身だから。子供の頃、テレビの早慶戦を観ながら「都の西北」を教え込まれたりしていたので、もし万が一、合格して会社を留守にしても早稲田なら許してくれるだろう、という目論見も込みで。(後で判ったけど、私が思い立った時点から出願できるスケジュールの学校はWBSだけでした。これもご縁か。)

WBSのホームページを見ると、入学説明会(秋募集)が9月10日に開催されるとのこと。「えーっ、来週じゃないか!」ということで、速攻でフライトを予約。説明会は午後12時半開始なので、日帰りでなんとか行って来られそう。

もちろんホームページには詳しい情報が載っているし、ググってヒットした受験生や卒業生のブログからも様々な情報が得られるけれど、やっぱり現場を見ておきたい、空気感を確かめた上で受験しよう、と迷わずエントリー。

ということで、久しぶりに上京。初めて足を踏み入れる早稲田キャンパス。

 

美しい大隈記念講堂に大隈重信像。親父の学生時代の写真の中の風景と同じことに感動。けっこう人がたくさんいたので、人目を気にしながら手を合わせます。「初めまして。お会いできて光栄です。父がお世話になりました。私もお世話になりたいと思っていますのでどうぞ宜しくお願いします。」(お詣りか)

入学説明会は12:30~18:00。全体プログラムでスケジュール等説明の後、1時間の模擬講義。模擬講義はマネジメント科目とファイナンス科目に別れており、自分の興味のある方に参加できます。

その後、「全日制グローバル、1年制総合、夜間主総合、早稲田-ナンヤンDMBA」プログラムと「夜間主プロフェッショナル・マネジメント専修」プログラム、「夜間主プロフェッショナル・ファイナンス専修」プログラムに別れて担当教授からモジュールの説明。

全体プログラムの広い階段教室に入った瞬間、圧倒されました。なんてたくさんの人がいるんだ!

若い人は20代くらいから、最も多いのは30代~40代前半くらいか。おまけに皆さんすごくシュっとしていて頭が良さそう。もしかしたら私がこの中で最年長?と不安になり、思わず自分より歳を取っていそうな人を探してしまいました。(数名、それらしき人を見つけて何故かホッとする)

全体プログラムの模擬講義は大滝令嗣先生の「リーダーシップ」を受講。

  • リーダーは語り上手でなければならない。
  • 若いうちから「ストーリー」を自分のインデックスとしてためていくこと。
  • メッセージは「ストーリー」に乗せて伝えていくこと。

の言葉に感銘を受けました。

プログラム別説明会は、どのコースを聴こうか迷っていました。説明会は同じ内容のものが2回設けられているのですが、フライトの時間を考えると1つしか聴けません。

私は進学するなら全日制と決めていたので、自動的に「全日制グローバル(2年間)」か「1年制総合」から選ぶことになります。

2年間じっくりと学べるのが理想だけど、さすがに2年も会社を留守には出来ないかなぁ。。。でも、1年制総合の定員はたったの20名で(2年間の方は70名)、そんな狭き門に挑戦しても、可能性は一体どれくらいなんだよ、と悩ましい限り。

結局、1年制総合プログラムの説明会に参加する事にしました。WBS受験は秋募集と冬募集があるので、先ずは秋募集で1年制総合を受験し、ダメだったら冬募集でリベンジするか2年コースにチャレンジするかを考えればいいかな、という判断で。

1年制総合の説明をして下さったのは、岩村充先生。小教室の席数は約60席くらいだけど、ほぼ埋まっている!50名くらいは参加していたと思います。

  • 今年は例年になくこのプログラムへの参加者が多い。
  • 企業派遣者を含めるともっと多くなると予想される。(企業派遣で受験する人は基本的に社内選抜を経てくるため、説明会に参加する事は殆どないから)
  • 前回の受験者数は、300名の定員に対して800名がエントリー。
  • 全日制1年コースには161名がエントリーして59名が合格、入学者48名。

・・・という説明を聞くにつれ、「どう考えても無理じゃん、これ。」と気分はだんだん沈んできます。周りの参加者は、若くてアグレッシブな秀才風の人ばかり。ああ無理だ、厳し過ぎる!と落ち込むものの、受験するだけなら私にも等しくチャンスはあるのだから、と自分を励ますことに。

まずは挑戦してみよう!

帰る道すがら、再び大隈重信像に「またお会いできますように」と手を合わせました。

WBSホームページに、当日の様子が掲載されているので、ご興味のある方はこちらからどうぞ

 

 

そうだ、MBAを取ろう!

「そうだ、MBAを取ろう!」と、突然思い立ったのが2017年8月下旬。
それから怒涛の3カ月を過ごして、無事に早稲田ビジネススクール(WBS)1年制総合に合格することができました。年が明けて4月からは50代の女子学生です。

なぜ、この歳で大学院を受験することになったのか?
周囲の人たちの反応はどうだったのか?
どんな受験準備をしたのか?実際の受験は?
学生生活の間、仕事はどうするのか?
果たして、ちゃんとMBAを取得して卒業できるのか?!

などなどを、備忘録的にゆる~いペースで綴っていきたいと思います。
まずは自分のために。子供達には母のトライ&エラーの記録として。

そして、もし見知らぬ誰かが何か新しいことを始めたくても足踏みしていて、偶然ここを訪れてくれた時に、「こんなおばちゃんでも頑張ってるんだから、きっと大丈夫さ~!」と心が少し軽くなったらいいな、という希望も込めて。

なぜなら、私もWBS受験を決意してからは、見知らぬブログ主さん達の記事にすごく助けられたから。
WBS生だけでなく、さまざまな大学院の受験生、卒業生の方々の記事からエールを送られたような気がしたから。

私の受験体験記は、おそらくダメダメ過ぎて役に立ちそうもないけれど、逆にそのダメダメさが誰かの背中を押すきっかけになる可能性はあるかも??

という事で、初回はこのへんで。
それではまた。