入学準備 生活編

東京での住まいは早稲田キャンパスの近くに良い物件を契約することが出来ました。

Family Business Network Japanでご縁を戴いた不動産会社の社長様が、親子3人で安心して住めるアクセス良好な物件をたくさん探して下さったおかげです。感謝。

引っ越しは上の子が先発隊で東京入りして住環境を整えてくれるので、直ぐに勉強に専念できそうです。

十代の頃の進学と勝手が違うのは、あらかじめ主治医から紹介状を貰っておかないと安心できないことでしょうか。(笑)

五十代ともなると身体のあちこちにガタが来ているので、ハードな勉学生活を乗り切るためにも、忘れちゃいけないドクターとお薬手帳。これ、大事なポイントです。

 

沖縄はここ数日でグッと暑くなりました。東京も昨日は20度を超えたとか。

上京したら桜の季節。ソメイヨシノは沖縄ではお目にかかれないので、満開の桜と桜吹雪が今からとても楽しみです。

入学準備

2月中旬にWBSから入学関係書類が届き、下旬にはWEB入学手続きシステム用のID、PWが送られてきました。

授業日程一覧を見ると、月曜日から土曜日の6日間、朝から晩までぎっしりと授業が詰まっています。1年間、自分の頭と体が耐えられるのか少々不安に。。。

履修登録もこの時代だから全てWEBシステムで行うようです。さすが、私の若い頃とはわけが違う。履修も何だか複雑そうで心配だけど、まあ、入学後のガイダンスをちゃんと聞けば何とかなるでしょう。

3月11日には、4月新入生対象のキックオフイベントが開催されます。ガイダンスの他、2時間の講義が2コマ。竹内教授の講義用にはケーススタディの資料も添付されています。

複製・転載等はNGなので資料の内容はお伝えできませんが、「うんうん、あるある~!」と何処の会社や組織にもありがちな人間模様が描かれており、読み物としても非常に面白い内容です。予めいくつかのお題が設定されていますが、講義の当日、自分以外の学生さんからどんな新しい視点が聴けるのかも楽しみになってきました。

 

在学期間中は東京に居を構えることから、よく「仕事は完全に休むの?」と訊かれますが、そんなことはありません。(というか、会社が許してくれません。)

今や何処にいても繋がってしまう時代。東京用のおニューのPCやタブレット、情報インフラ環境整備が着々と進んでおり、さしずめ私は「テレワークの社内実証実験第一号」といったところでしょうか。

ITの進化のおかげで、少なくとも社内の経営情報難民にはならなくて済みそうです。

それでも経営陣は「そこに存在すること」が大事。

ちゃんと1年で卒業して帰って来なければ!と、プレッシャーがどんどん増す日々です。

屋良朝春先生を偲ぶ

巨星墜つ―

敬愛する画家でメンターの一人でもある屋良朝春(やら ちょうしゅん)画伯が、入院先で多臓器不全のため急逝された。

享年79歳。お見舞いもお別れも出来なかったことが悔やまれてならない。

白髪と白髭の柔和なお顔にジーンズ姿で、いつも精力的に新作を描かれ、アトリエでは生徒たちをまるで対等な立場のように敬意をもって扱ってくださった。

私が門下生だったのはほんの少しの間であったが、上の子供は学校に居場所が無かった頃に温かく迎え入れていただいた。

下の子供は大の勉強嫌いだが、中学から高校を卒業するまでアトリエだけは熱心に通い続け、おかげさまで専門学校ではデザイン画で苦労することは無かったようだ。

屋良先生は生徒がどんなに下手であろうとも、その作品の中の良いところを引き出し、伸ばしてくれた。

作品だけでなく人間の心に共感し、それぞれの感性を敬い、才能を引き出す天才だった。

今頃は天国で、屋良先生よりも先に旅立たれた奥様と再会を果たしているだろうか。

先生のことだから、さっそく天国の風景画を描き始めているかもしれない。私もいつか天国で先生と再会したら、今度こそ真面目な門下生として、地道に絵を描きたいと思う。

 

ホテルのエントランスに飾っている屋良先生の「潮風」は私の故郷の海岸を描いたものだ。先生が恋しくなったら、いつでもここで心行くまで先生を偲ぼう。

屋良朝春先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。合掌

 

大阪編

昨年行きそびれた大阪でしたが、リベンジするチャンスが巡ってきました。

「関西稲門経済人の集い2018」に参加予定だった父が直前に風邪をひいたため大事を取り、私が代理で参加したのです。本当は代理参加は不可なのですが、長谷川教授の「ファミリービジネス」をテーマにした講演があり、キャンセルするには勿体なさ過ぎたからです。私の研究テーマの大きな柱でもあります。

という訳で、ダメ元で当たって砕けましょうとおばちゃんの得意技を発揮した次第。事務局の皆様ごめんなさい。親切にしてくださって本当にありがとうございました。

長谷川先生の講演は非常に中身が濃く、無我夢中でメモを取っているうちに、あっという間に時間が過ぎていました。WBSに入学したら、コースは違いますが絶対に長谷川先生の講座で勉強するぞ!と決意。

同時に、ちゃんとWBSを卒業して、私もいつか稲門人のイベントの案内を送って貰える立場に立つぞ、とも決意。

大阪では懐かしい人々との再会を果たすことができました。米国国務省のIVLPでチームだったカナちゃんと、もう一人は世界的なシェアを誇るはんだごてメーカー社長のカヨさん。二人とも本当に久しぶりの再会だったけれど、ますます若く美しくパワーアップしていて、仕事も乗りに乗っている様子。

食い倒れの街・大阪ならではの美味しい串カツとお好み焼きをご馳走になり、楽しい会話から元気とエネルギーを補給していただきました。多謝!

 

そして。

朝ドラ好きの私にとって、大阪といえば絶対に行っておかなければならない場所がありました。「ちりとてちん」の舞台となった天満天神繁昌亭と、ちりとてちんの世界の住人達が暮らす界隈です。

「ちりとてちん」は朝ドラ歴26年の私にとって、永遠のNo.1ドラマです。おそらく、この地位を覆されることは今後も無いでしょう。ちなみに、岩盤のNo.2は「てるてる家族」。No.3は「あまちゃん」。なお、3位争いには「芋たこなんきん」「まんてん」も参戦中です。と書いていると、ほぼBKが占めていますね。おまけに「あまちゃん」以外は結構古い。そういえば、「まんてん」の舞台もこの天神橋商店街でした。

というマニアックな話は置いといて。大阪天満宮をお参りし、天神橋商店街で買い物をして、昭和時代からの名店でコーヒーを飲み、繁昌亭で落語寄席を聴く、という贅沢を味わうことができました。

徒然亭草若師匠や喜代美、草々兄さんや寝床の常連さん達が、その辺りからひょこっと出て来そうな錯覚に陥りました。

草若師匠が命をかけて奔走した「上方落語の常打ち小屋」が現実に目の前に現れた時には思わず涙ぐんでしまいました。(ドラマと現実がゴッチャになってます、すみません)

昼寄席のチケットを取れたのですが、繁昌亭は満員御礼で客席は熱気でむんむん。普段、テレビでは見聞きすることのない落語家さんや芸人さん達の演目でしたが、こんなにも層が厚いのかと驚かされました。心から楽しませていただきました。

駆け足の大阪出張だったけれど、本当に充実していて、頭もお腹もそして心も一杯に満たされた3日間でした。ああ、ありがたい。

80歳の悪遊び

50歳を過ぎてからMBAに挑戦するだけでも、我ながら無謀な冒険をするものだと思っていたけれど、上には上がいました。

なんと、「80歳になった記念に、悪遊びを企んでいる。東京から沖縄の名護まで歩いて縦断する。」と宣言する御大がいらっしゃるではないですか!

その方はヨシさん。名護市出身でNY在住の芸術家。家族ぐるみで長いお付き合いをしています。

80歳とは言ってもそんじょそこらのお爺ちゃんではありません。髪こそ真っ白ですが、60歳を超えてから自転車で「単独アメリカ大陸横断」に成功し、その後は毎年フルマラソンに出場するアスリート。

世界中を飛び回り、小さな赤ちゃんから超高齢者まで、年齢も肌の色も関係なく一瞬で友達になってしまう「永遠の少年」のような人。

ヨシさんとの再会を祝う家族の歓迎会で飛び出したのが「東京~沖縄間の徒歩縦断計画」宣言でした。ビックリしたけれど、きっとヨシさんならやり遂げることでしょう。

8月中旬を過ぎた頃に、日本橋をスタートするとのことなので、盛大に送り出したいと思います。

皆さんの街を、白髪の颯爽とした男性がリュックを背負って歩いていたら、それがヨシさんかも知れません。その時にはぜひ、気軽に声援を送ってあげてくださいね。

私も負けていられません。頑張るぞー!

番外編~ニコニコ超パーティ

いくら不定期更新を宣言しているとはいえ、更新しなさ過ぎだろ!と反省。
というわけで今日は番外編です。古いネタで申し訳ないのですが。

初音ミクが大好きです。娘から伝染りました。
「千本桜」は名曲です。オリジナルはもちろんのこと、小林幸子さんや和楽さんの歌うバージョンも最高。ピアノVer.はスマホの着メロだし、「ALL THAT 千本桜! !」のCDも超お気に入り。でも、カラオケで歌うときは酸欠に要注意です。

昨年はミクちゃん10周年ということで、マジカルミライに何としてでも行きたかったのですが、まあ、チケットの取れないことと言ったら。
代わりにと言っては申し訳ないけれども、11月初めの「ニコニコ超パーティ2017」に娘と二人で行ってきました。
開演13時で終演19時という、えらい長丁場のライブです。(出演者もわんさかいますが殆ど知らない人ばかり。)

会場周辺にはコスプレの人達がたくさんいて雰囲気バッチリ、気分も一気に盛り上がってきます。

小林さっちゃんの千本桜は本当に素晴らしかった。豪華衣装も煌びやかで素敵。
意外なところで興奮したのが「JALの岡本さん」が出演していたこと!あのキレッキレのダンスパフォーマンスを生で観ることができて最高でした。ああ、いつか名刺交換をさせて頂きたいものです。

さて、肝心のミクちゃん(やリンちゃんレンちゃん達)のパフォーマンス。
もちろん良かったですよ。でも、やっぱり時間も短かったし「もっともっと観た~~い!」と欲求不満が募ってしまったかな。
今年のマジカルミライは何としてでもゲットするぞ。

ライブ会場は無数のペンライトが大海原の波のように煌めいていました。
しかし、グッズ販売で買おうと思ったときには既に完売。あの場でペンライトを持っていないと、何だか仲間はずれのような気がしてくるから不思議です。

ライブが始まる時にMCさんが「隣の人と挨拶して」と言うものだから、隣に一人で来ていた青年と世間話を開始。「アタシ達、ペンライトを買い損ねちゃったのよねー」と愚痴ったらなんと、その青年が「じゃ、これ使います?」とリュックの中から2本も差し出してくれるじゃないですか。それも、私達が買いそびれた今日のライブ限定の新品と、マジカルミライ2017のペンライト!ありがとう、青年!君は今その手に持っている以外に2本も持っていたのだね。すごいぞ。 それどころか、宴もたけなわになったら更にもう1本取り出して、2本使いで上手に振り回していたね。一体、そのリュックには何本入っているのだい?
その青年の名前はもう忘れてしまったけれど、清潔感あふれて奥ゆかしく礼儀正しい好青年でした。イケメンだったし。本当にありがとう。おかげさまで初・ペンライト体験と初・ニコ超パーティを楽しみました。

おまけ画像。羽田に向かう伊是名島・伊平屋島上空で撮影。不思議な光が写っていて素敵でしょう?

 

 

 

二次面接~合格発表

二次面接の日は、一次試験とは打って変わって晴天のぽかぽか陽気。講堂のレンガ色と銀杏の金色のコントラストが美しいこと。まずは大隈先生にご挨拶。

 

高校生の甥っ子から、「坪内逍遥先生の銅像と握手をすると合格するらしいよ」との情報をゲットしたので、急いで記念館に向かいます。なんて美しい建築物でしょう!そして、変色している坪内先生の手は、一体どれだけの受験生と握手を交わしてきたのでしょうか。

おばちゃんが一人で銅像と握手している姿はきっと滑稽だったろうけれど、恥ずかしがっている場合ではありません。

 

 

面接はグループ分けされ、集合時間が指定されています。全部で何グループあるのかは、案内ハガキからはちょっと判らない。

面接の控え室は自由席。室内では携帯・スマホも、私語も禁止です。年齢もバックボーンも違う、シャキっとした大勢の男女が緊張した面持ちで静かに順番を待っている姿は、なかなかに厳かで迫力があります。

ネットで過去の面接の様子などをググると、「何時間も待った」「一人あたりの面接にじっくりと時間をかけている」などの声が複数あり。帰りの飛行機も翌日に回してあるし、何時間だろうとドンと来い。

ところが、実際の面接時間は約15分といったところでしょうか。次々に順番が回ってきます。

面接中は私の話がまどろっこしかったのか、質問に答えている途中で「時間がないから次にいくね」と途中で2~3回遮られて焦りました。けっこう緊張していたので全部の質問を覚えてはいませんが、

・(職務経歴から)銀行で最も学んだことは?

・会社の取締役会の一番の問題は何?

・会社が上場する予定はある?

といった質問が印象に残っています。

本当にサクサクっと終わってしまった二次面接。力を出しきったかと問われたら自信は無いけれど、少なくとも自分を「盛り過ぎず、謙遜し過ぎず」と素の状態で答える事はできたはず。

 

そして運命の合格発表は、面接から4日後の午前10時。

ホームページの画面に自分の番号を見つけたものの信じられず、再び同僚の部長(超冷静沈着)に確認してもらってからのガッツポーズ&ハイタッチ。

 

受験を思い立った8月の終わりから駆け抜けた3カ月間。出張が続いたり株主総会があったり、キィィィ~ッと目が回りそうな時もあったけれど、限られた時間の中だったからこそ集中できたのかも知れません。

 

年が明けて今は、ちょうど冬募集の一次試験が目前に迫っている時期。

もし、受験する方の目にこの記事が目に留まるような事があるとしたら、心からのエールを送ります。

さあ、私もこれからが本番。MBAを取得して仕事に活かすことが目的ですから、ちゃんと卒業できるように頑張らなくては!

一次結果発表、二次面接対策

一次試験の結果は、WBSホームページ上で11月16日の午前10時に発表されました。

自分の受験番号を見つけた時には、「見間違いじゃないか?」という不安の方が強く、同僚の部長(超冷静沈着)に確認してもらったほど。第三者の目で確認してやっと喜びが湧いてきました。

父に報告したら、「おめでとう!」と握手。あれ?父の手を握るなんて、何年ぶりだろう。最後に握手したのはいつだっけ。。。

 

二次面接は10日後の日曜日。

採用面接をする事はあっても、自分が受けるのは銀行時代の昇格試験以来、約20年ぶりのことです。

とりあえず面接は準備が命。ビジネススクールの面接では何が訊かれるのかをググりまくり、原稿に起こしていきます。

私が対策した想定質問は次の項目。

  • 自己紹介(履歴書にそってバックグラウンドを説明)
  • 研究テーマについて
  • 現在の仕事について
  • なぜMBAを取得したいのか?
  • なぜ今なのか?
  • なぜ、WBSなのか?
  • あなたにとってMBAの価値は?
  • これまでに達成したこと、リーダーシップを発揮した経験
  • 短期的な目標と長期的な目標
  • これまでの学校(学部)選択の理由
  • 学校のプログラムに関してどの程度知っているか?
  • 同僚とのコミュニケーションで気を付けていることは?
  • 会社内の同僚に指導はどのように行っているか?
  • あなたがリーダーとなり新しい取り組みを行う時、どのような方法論で行いますか? 過去の事例を話してください。
  • あなたの仕事はどのように社会に貢献していますか?
  • これまであなたが成し遂げた最大の業績を話してください。
  • これまでで仕事上の最大の挑戦は?
  • あなたが会社のトップであれば、どのような改革を実行しますか?
  • 自分自身の強みと弱み
  • 最近読んだ本は?
  • 課外活動などについて
  • こちらから面接官への質問

これらの質問に回答を準備するだけでアップアップ。

ええい、取り繕ってもしょうがない、あとはおばちゃんの度胸と愛嬌で勝負だ!

 

 

番外編3 辿り着けてよかった

WBSの一次試験は10月最後の日曜日。試験は午前9時集合なので、私は前日の土曜日には東京入りをしておかなければなりません。

しかしその直前、私は「物理的に受験できるのか?」という深刻な事態に陥っていました。原因は台風22号の発生。前週は21号が沖縄に接近し、週末には多くのフライトが欠航となりました。二週連続の週末台風です。

おまけに私は試験の2日前まで、業界団体の海外視察研修のため香港にいました。沖縄から香港に発つ日までは、22号は本島直撃をまぬがれる進路予想。「前週の久高島上陸も守られたから、たぶん大丈夫さー」と根拠のない自信を持ちつつも念のため、帰沖したその足で東京へ飛ぶこともできるように、受験票と筆記用具、冬支度をまとめて迎えの車に乗せる段取りだけはしていました。

唯一迷ったのは、受験票の「原本」を持って香港に飛ぶか、「コピー」を持って飛ぶか。海外で受験票を失くすリスクを考えたものの、今思うと直感が働いたのでしょう。受験票の原本を持っていくことにしたのでした。

視察中は充実したスケジュールを楽しんでいたものの、気になるのはやっぱり台風。22号は進路を変え沖縄本島へ真っすぐに進み始めています。これは危ない、沖縄までは予定通りに戻れても、翌日に私が上京するフライトの欠航は、ほぼ確実と思われます。

慌てて前日のフライトに変更しようと試みるも、既に全ての航空会社の全便が満席。私と同じように予定を早める観光客、ビジネス客が殺到しているのでしょう。

さあ困った、どうしよう?!「もしかして、受験できない??」と一瞬パニックに。

でも、そこはさすが旅のプロが大勢参加している業界団体の視察旅行。「nankuruさん、ここはもう迷わずに明日、香港から羽田か成田にお入りなさい」。旅行社の添乗員さんがいたことも幸いでした。ぎっしり詰まった視察スケジュールの合間を縫って羽田へのチケットを手配してくれたのでした。

天から試されていると感じていました。何が何でも早稲田キャンパスに辿り着き、回答用紙に受験番号と名前だけでも書いてやる!

沖縄へ帰る視察団と別れ、羽田行きの搭乗手続を済ませたら、次に解決しなければいけないのは「服装問題」でした。10月とはいえまだ真夏の沖縄と香港。当然私も真夏の軽装です。東京は異例の寒さと報道されているし、天気予報では雨マークまで出ています。羽田の到着ロビーで適当な服屋はあるのかしら?到着する時間帯に営業しているかしら?など心配事は次から次と湧いてきます。羽田からホテルまで、バカみたいに夏服で凍えながら歩きたくない!

すると香港国際空港の出発ロビーにMUJIを発見。駆け込んで爆買いです。下着からシャツ、コート、マフラー、折り畳み傘、そして受験用のボールペンと修正テープ。結局、香港滞在中に土産物の類はひとつも買えず受験対策用品ばかり。

羽田空港のトイレで冬物に着替えて、ホテルにたどり着いた時には、寒さと神経の疲れでヘロヘロでした。

そして受験当日。

雨が降り寒さの増した東京。スーツケースをゴロゴロ引きずりながら、再び大隈重信像が見えた時にはあまりにホッとして思わず拝んでしまいました。おかげさまで無事に辿り着けました。

回答用紙に名前だけでも書けたら満足、と思ってはいたものの、出題を見たら「レストランオーナーシェフの吉田さんが寝坊をした。さあ、ランチ営業をどうする?」問題。

「おいおい、こちとら必死で辿り着いたんだぞ。寝坊なんかしてんじゃねーよ、吉田さんよー」と心の中で毒づきながら、苦手な計算問題に没頭していったのでした。

番外編2 行けた旅~久高島

「神の島」と言われる久高島。島から呼ばれなければ行ってはいけないと固く信じていたため、50を過ぎてもまだ行った事がありませんでした。(呼ばれる、というのは各々のタイミングのことですから、あまり深く考えないでください)

それが何ということでしょう。東京の友人・ヤマさんが10月中旬の沖縄来訪中に、4度目の久高島訪問を計画しているというではありませんか。カバン持ちでいいから随行させてくれと、私は自ら「押しかけ初上陸」を頼み込みました。

いよいよ島に行く日程が近づいてきた頃に、またまた何ということでしょう。台風21号が発生。思いきりこっち(沖縄本島)に向かっているではありませんか。

台風の進路と速度からみて、ヤマさんご一行の沖縄入りには問題ありませんが、久高島への船便が運航するかどうかは微妙。そして東京への帰りのフライトはかなりヤバそう。

自然が相手の事ですから、現実に人間がコントロール出来ることと言えば、旅程の変更くらいです。それでもさすがヤマさん。あまりの過密スケジュールのため、何と台風が向かっている事すら知らないままに沖縄入りをしたのでした。

朝一番のフライトで到着したご一行と空港で合流し、ここから賑やかなおばちゃん4人の久高島詣での珍道中が始まります。

まずはレンタカーの手続きに時間のかかることといったら!おまけにカーナビは判りづらいわ、私は道案内を間違えるわ、道路は混んでいるわ、331号線では前を走る路線バスがいちいち停留所で停まるわで、まるで何かに引き止められているかのよう。

結局、港に着いたのは船が出た15分後。次のフェリーで向かったとしても、日帰り行程だから久高島には1時間くらいしか滞在できない計算。台風が接近中ですから、今日中に戻らなければ2~3日間、島で足止めをくう可能性もあります。

それでも簡単には諦めないのがおばちゃん達の強さ。だてに歳を取ってきたわけではありません。ダメ元であらゆる可能性に当たって砕けてみようと、既に渋滞のさなかにフェリー運航会社に電話をかけていました。

「あと5分で着くので待ってもらえませんか?」と無謀なお願いをしてあっさり断られます。いくらダメ元でも公共交通機関にちょっと待って、と言えた自分がちょっと怖い。

「そうだ漁船だ。漁船を出してもらえないか当たってみよう!」と、久高島に住むナエさんに電話で相談したところ、なんと「海上タクシー」なるものがあるというではありませんか。でも、安座間港にはそれらしき船は泊まっていません。全員でググりまくって情報収集。何度も電話してやっとつながった船長さんに事情を説明するも、

「台風が来るから、さっき島に戻った便で終わり。これから運休だよ。台風対策で船を陸に揚げるところさー」とのこと。いよいよ漁師さんを探さなければいけないかと思ったものの、「なぜ、今日中に私達が久高島に行かねばならないか」を滔々と訴え続けた私。根負けしてくれた優しい船長さんは、「仕方ない。これから安座間港に向かう。但し、往路だけだからね。復路便は出せないからね。」と渋々OKしてくれたのでした。

 

 

海上タクシー「ジュピター号」は、とても綺麗で快適な上に室内・室外の両方に座席があるので、海風と水しぶきを満喫できます。クルージング気分でおばちゃん4人も童心に返って大はしゃぎ。

島の港では、ナエさんが温かく出迎えてくれました。

久高島は島全体がパワースポットのようなもの。「久高島からは石ころひとつ、葉っぱのひとつも勝手に持ち帰ってはいけない」と言われています。

台風が接近しているとは思えないほど穏やかで美しい空と海、キラキラした太陽の光。空気もなんだか神々しく感じられます。島を回りながら、岡本太郎さんが「沖縄文化論」の中で、“「何もないこと」の眩暈”と表現していたことを思い出します。

ナエさんの導きで島のあちこちにある御嶽で祈ることが出来たのは本当にありがたいことでした。

結局、台風接近の気配など一切感じることもなく最高の天気に恵まれ、島で予定していた全行程を無事に終えることが出来たのは久高島の神様のおかげと皆で感謝。

復路はちゃんとフェリーに乗って帰ることが出来ました。東京からのご一行には初日からイレギュラーな珍道中でハラハラさせてしまったけれど、結果オーライでより印象深い久高島上陸になったかな?

ヤマさんといえば沖縄滞在の全行程を満喫し、那覇発フライトは欠航便の相次ぐ中、しっかりと予定通り(その日飛べた最後の便だとか)に帰京したのでした。さすがヤマさん!